CQ109:骨盤内炎症性疾患(PID) 下腹痛の迷宮を解き明かす診断学

婦人科ガイドラインを勉強する

はじめに

研修医・医学生の皆さん、お疲れ様です。救急外来や産婦人科外来で、「下腹部が痛い」と訴える若年女性を診察する機会は非常に多いですよね。

その際、内科的には「便秘かな?」「尿路感染かな?」、外科的には「虫垂炎かな?」と考えがちですが、産婦人科医が常に頭の片隅(というか中央付近)に置いているのが、今回解説する骨盤内炎症性疾患(PID: Pelvic Inflammatory Disease)です。

PIDは診断が遅れると、将来の不妊や子宮外妊娠の原因となる「沈黙の不妊原因」です。今回はガイドラインをベースに、見逃し厳禁なPIDの診かたを徹底解説します。

1. PIDは「総称」である

まず理解すべきは、PIDという単一の病気があるわけではないということです。 PIDは、腟や子宮頸管から入った菌が上行し、子宮内膜炎、卵管炎、卵巣膿瘍、骨盤腹膜炎などを引き起こす「上行性感染症の総称」です。

ときには肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)として右上腹部痛を来すこともあり、まさに「ペルビス(骨盤)の火事」が腹部全体に広がる病態です。


2. 犯人は誰だ?:クラミジア・淋菌だけじゃない現実

「PID=性感染症(STI)」というイメージが強いですが、ガイドラインによるとSTI(クラミジア、淋菌)が原因なのは全体の約1/3に過ぎません。

  • STI系: クラミジア、淋菌(急性で激しい症状が多い)。
  • 一般細菌系: 大腸菌、ブドウ球菌、レンサ球菌。
  • 嫌気性菌系: バクテロイデスなど。
  • その他: IUD(子宮内避妊具)長期留置に伴う放線菌(Actinomyces)

複数の菌が混ざり合う「混合感染」が多いのも特徴です。子宮頸管の検査が陰性だからといって、上部の卵管で炎症が起きていないとは言い切れないのが、PID診断の難しさです。


3. 診断の黄金律:これがあればPIDを疑え!

ガイドラインでは、診断の精度を高めるために「必須」と「付加」の基準を設けています。

① 必須診断基準(身体所見がすべて)

診察室でこれらがあれば、PIDとして治療を開始する閾値を下げるべきです。

  • 下腹部痛・圧痛
  • 子宮の圧痛
  • 付属器の圧痛
  • 子宮頸部移動痛(Cervical Motion Tenderness: CMT): 内診で頸部を動かした時に「飛び上がるほどの痛み」があれば、非常に疑わしいです。

② 付加診断基準(証拠固め)

  • 発熱(38.0℃以上)
  • 帯下の異常
  • 炎症反応の上昇(WBC増加、CRP上昇)
  • 画像所見(超音波やMRIでの膿瘍、卵管留膿腫)

研修医メモ: 若年女性で「下腹部痛+CMT(移動痛)」があれば、たとえ熱がなくてもPIDとして動き出すのが「デキる医者」の立ち振る舞いです。


4. 鑑別診断:騙されるな、この「痛み」

PIDを疑った時、同時に除外しなければならない「レッドフラッグ」があります。

  1. 異所性妊娠(子宮外妊娠): 妊娠反応(hCG)チェックは、腹痛女性を診る際の「鉄則」です。
  2. 卵巣腫瘍の茎捻転・破裂: 突然発症の激痛。
  3. 虫垂炎: 右下腹部痛。PIDとの鑑別が難しいことも多く、外科とのコンサルトが必要。
  4. 子宮内膜症: 月経困難症の既往。内膜症性嚢胞(チョコ嚢胞)があると、PIDは重症化しやすいので注意。

5. 放置の代償:PIDの悲しい後遺症

なぜ私たちがこれほどPIDの早期診断にこだわるのか。それは、一命を取り留めても、骨盤内に「癒着」という爪痕を残すからです。

  • 不妊症: 卵管が詰まる、あるいは癒着でピックアップ障害が起こる。
  • 子宮外妊娠: 卵管の構造が壊れ、受精卵が通りにくくなる。
  • 慢性骨盤痛: 治った後も、癒着による引きつれ痛に一生悩まされる。
  • 卵巣がんリスク: 近年の研究では、慢性の炎症が卵巣がんのリスクを上げる可能性も指摘されています。

問題 医師国家試験レベル

問題1

24歳の女性。昨日からの下腹部痛を主訴に来院した。性的活動性は活発である。体温37.8℃。内診にて子宮頸部に強い移動痛を認め、右付属器領域に圧痛を伴う母指大の腫瘤を触知する。血液検査でWBC 12,000/μL、CRP 4.5 mg/dL。尿中hCGは陰性。最も考えられる診断はどれか。

A. 虫垂炎

B. 異所性妊娠

C. 骨盤内炎症性疾患(PID)

D. 卵巣腫瘍茎捻転

E. 骨盤内子宮内膜症

【正解】C

【解説】 A:虫垂炎でも下腹部痛は来すが、子宮頸部移動痛(CMT)はPIDに非常に特徴的。 B:尿中hCG陰性なので除外。 C:正解。若年女性、下腹部痛、CMT、炎症反応上昇、hCG陰性と、PIDの典型像です。 D:茎捻転は通常、より突発的な激痛で、炎症反応が最初から上がることは少ない。 E:内膜症でも痛みはあるが、発熱や急性の炎症反応上昇はPIDを支持する。


問題2

骨盤内炎症性疾患(PID)について誤っているのはどれか。

A. クラミジアや淋菌が重要な原因微生物である。

B. 子宮頸管の細菌培養が陰性であれば、PIDは否定できる。

C. IUD(子宮内避妊具)の留置はリスク因子の一つである。

D. 合併症として不妊症や子宮外妊娠がある。

E. 肝周囲炎を合併し、右上腹部痛を来すことがある。

【正解】B

【解説】 A:正しい。ただし、それ以外の一般細菌も原因になります。 B:誤り。上行性感染のため、頸管部はすでに陰性化していても、卵管や腹腔内で炎症が持続していることがあります。 C:正しい。特に放線菌感染に注意。 D:正しい。癒着による物理的障害が起こります。 E:正しい。Fitz-Hugh-Curtis症候群と呼ばれます。


まとめ

  1. 「hCG」と「内診」をセットにせよ: 腹痛女性には必ず妊娠否定と、移動痛(CMT)の確認を。
  2. 「頸管陰性」に騙されるな: 頸管の検査結果がすべてではありません。臨床症状(必須基準)を優先しましょう。
  3. 「未来」を守る診断を: あなたが今日PIDを診断できるかどうかが、その女性が将来お母さんになれるかどうかを左右します。

下腹部痛の診察は、パズルのようです。PIDというピースを常に持っておくことで、見逃しのない、そして患者さんの将来を守れる医師を目指しましょう!


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