はじめに
私は試験勉強の際、睡眠の重要性を身をもって実感しました。特に暗記系の学習では、覚えた内容をしっかりと記憶に定着させるには「寝る」ことが不可欠だと感じていました。実際、睡眠直後の記憶は翌朝になると不思議なくらい頭に残っていることが多かったものです。睡眠を大切にしていることで知られるドジャーズの大谷翔平選手も、質の高い睡眠を意識していると報じられています。
とはいえ、育児中はなかなかそうもいかないのが現実です。私も、子どもが生まれたばかりの頃は、当直明けであろうと家庭に完全にコミットするのが難しく、妻に任せざるを得ない部分が多くありました。できる限り妻を休ませるために、自分が寝ない選択をしたことも多々ありました。
ちなみに、わが子2人とも私自身が取り上げたというエピソードもあります。産婦人科医ならではの特権ですが、母子手帳には私の名前も記載されています。
前置きが長くなりましたが、そんな私が興味を持った最新の研究があります。今回は「REM睡眠中の低酸素が記憶や脳の構造に与える影響」についての研究を紹介しつつ、睡眠と記憶の関係を掘り下げていきます。
研究の概要
2025年6月10日号の『Neurology』誌に掲載されたカリフォルニア大学アーバイン校のBerisha氏らの研究によれば、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)により生じる夜間の低酸素状態が、脳の白質病変(white matter hyperintensities:WMH)と内側側頭葉(MTL)の構造的変化に関連し、結果として記憶の固定化に悪影響を及ぼす可能性があるとのことです。
この研究は、認知機能に問題のない高齢者37名(平均年齢72.5歳)を対象とし、睡眠ポリグラフ検査(PSG)とMRI検査、さらに睡眠前後での感情記憶識別テストを行ったものです。
主な研究手法
- PSG検査:無呼吸低呼吸指数(AHI)、総覚醒反応指数、酸素飽和度(SpO2)などを測定。
 - MRI:脳全体および各脳葉のWMH体積、内側側頭葉(特に海馬と嗅内皮質)の構造を評価。
 - 感情記憶識別テスト(e-MDT):睡眠前後での記憶能力を測定。
 
研究の結果
- REM睡眠中の低酸素が、前頭葉および頭頂葉の白質病変と有意に関連。
 - 白質病変の増加が、嗅内皮質(ERC)の厚さ低下と関連。
 - ERCの厚さの低下は、睡眠中の記憶識別能力の悪化と関係していた。
 
つまり、REM睡眠中の低酸素は、脳の構造的変化を通して記憶の質を低下させる可能性があるということです。
睡眠と記憶固定化
睡眠は、特にREM期において脳が情報を再構築・整理し、記憶として固定化する重要なプロセスです。この段階での酸素供給の障害(低酸素状態)は、脳の可塑性や情報の統合に悪影響を及ぼす可能性が示唆されています。
高齢者やOSA患者にとって、このREM睡眠中の酸素レベルはとても重要なバイオマーカーになるかもしれません。研究者は、白質病変が内側側頭葉への血流や神経信号の伝達に影響を及ぼす可能性があると指摘しています。
睡眠の質の大切さ
私自身、最近ランニングを再開してからはガーミンのスマートウォッチを愛用しています。このウォッチでは睡眠時間だけでなく、深い眠りやREM睡眠の時間も記録されます。睡眠の質が良かった日は、翌日の頭の冴えが違うという実感があります。
この研究結果を知ってからは、REM睡眠の時間と質にもより一層注意を払うようになりました。無呼吸が疑われる方は、自覚がなくても専門医の診断を受ける価値があると感じています。
まとめ
今回紹介した研究は、OSAにおけるREM睡眠中の低酸素が、脳の白質構造に悪影響を与え、それが記憶固定化に関わるMTLの変化を介して認知機能にまで影響する可能性を明らかにしたものです。
これは単なる”いびき”の問題ではなく、将来的な認知症リスクにも関係してくるかもしれない重大なテーマです。日々の生活の中で睡眠の質を高める努力は、記憶力や集中力を高め、長期的には認知機能の維持にもつながるかもしれません。
子育てや仕事に追われ、ついつい睡眠を削ってしまう現代人こそ、改めて”よく眠ること”の大切さを思い出してみてはいかがでしょうか。
【参考文献】 Berisha DE, Rizvi B, Chappel-Farley MG, et al. Association of Hypoxemia Due to Obstructive Sleep Apnea With White Matter Hyperintensities and Temporal Lobe Changes in Older Adults. Neurology. 2025;104(11). doi:10.1212/WNL.0000000000213639
  
  
  
  

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