私たちは、外来で「がん」と診断された方の中に、これまで習慣的に運動していたのに、治療を機に「もう体力もないし、無理だ」と運動をやめてしまう方と、不思議なほど元気で活動的でいらっしゃる方の両方を見かけます。精神面でも、診断後にどんどん元気になっていく方を見ると、「何が違うのだろう?」という疑問が湧いてくる。その答えの一端として、運動習慣と生存率の関係を統計的に示す大規模研究があったので今回はその事について紹介します。
米国を拠点とした大規模コホート研究の概要
- 対象者:アメリカ国内6つのコホート研究に参加した90,844人のがんサバイバー(平均年齢67歳、女性55%)
 - 追跡期間:平均10.9年(±7.0年)の長期追跡。45,477人が期間中に死亡
 - 評価タイミング:がん診断後**1年以上経過した時点での運動量(leisure‑time MVPA)**を評価
 - 調整項目:年齢、性別、人種/民族、喫煙・飲酒状況、がんのステージや治療内容などを多変量で統計調整
 
運動量と死亡リスクの関係:数字で見る明快な違い
- 運動をしない人と比較して、少しでも運動している人は平均で死亡リスクが約29%低下していた
 - 米国ガイドライン通り(週に中強度運動150分または高強度75分)の運動量だと、死亡リスクは平均約42%低下
 - 推奨量の2〜3倍行っている人では、さらなる低リスク=約57%減少という結果も報告された
 
運動が有意に効果のあったがんの種類ごとの解析
以下の10種類のがんで、ガイドライン通りの運動をしていると死亡リスクが有意に低下していました:
| がんの種類 | ハザード比(HR) | 主な特徴 | 
|---|---|---|
| 口腔がん | 0.44 | リスク約56%減 | 
| 子宮内膜がん | 0.50 | 約50%減 | 
| 肺がん | 0.51 | 約49%減 | 
| 直腸がん | 0.51 | 膜呼吸器がんと類似 | 
| 呼吸器系がん | 0.51 | 約49%減 | 
| 膀胱がん | 0.53 | 約47%減 | 
| 腎臓がん | 0.53 | 約47%減 | 
| 前立腺がん | 0.60 | 約40%減 | 
| 結腸がん | 0.61 | 約39%減 | 
| 乳がん | 0.67 | 約33%減 | 
さらに、診断後2年以内に死亡したケースを除いても、8種類のがんについて有意なリスク低下が認められ続けたため、「運動している人の方がもともと回復力がある」という偏りだけでは説明しきれない結果です
なぜ“運動”がここまで効くのか?想定されるメカニズム
- 慢性的な炎症の抑制、免疫機能の活性化、インスリン感受性の改善など、運動がもたらす身体的なメリットは多岐にわたります。
 - がん治療による身体疲労や精神的負担の軽減も指摘されており、運動は痛みの緩和や気分改善にも寄与する可能性があります。
 - また「目標がある」「成功体験を積む」「社交的なつながりを得る」など、メンタルヘルスを支える要素にもなり得ます。
 
最新のランダム化比較試験からも強力な証拠が
- 最近では、結腸がんのサバイバー889人を対象にしたランダム化試験が報告されました。3年間にわたる構造化された運動プログラム(有酸素、ウォーキング、筋力トレーニングなど)を受けたグループは、一般的な健康教育のみのグループと比較して、再発リスクが28%低下、死亡リスクが37%低下という驚くべき結果を示しました。
 - これは「薬よりも効果的」「副作用がない」と評価され、がん医療ガイドラインへの統合が強く期待されている研究です。
 
患者さんに伝えたいメッセージ
完全な回復や激しい運動を求めなくてOK
「運動なんて疲れるだけ」と感じる方でも、週中強度150分・高強度75分が目安。少しずつ「自分が楽しめる」形から始めることが大切です。Rees‑Punia博士も「全く運動しないよりは、少しでもできることを始めてほしい」と述べています。
仲間や支援が力になる
友人との社交ダンスやヨガ、ウォーキンググループへの参加など、「ひとりではなく誰かと」活動することで、心理的なサポートにもつながります。
メンタルケアの一環としての運動
疲労感、疼痛、気分の落ち込み、不安―これらの症状に対して、運動は非薬物的な介入として効果が示されています。
家族・医療側からの後押しが鍵
「がん=治療だけ」と捉えず、運動を再び日常へ組み込むサポート体制があると、患者さんのモチベーションも上がります。運動リハビリや地域の安全な施設を案内することは、実践につながる重要な一歩です。
まとめ:「違い」を生むのは、習慣と心理的支援
あなたが臨床で感じてきた「同じ診断でも元気にされる方」と「運動を断念される方」との差。今回紹介したデータは、その背景の一部を示しているかもしれません。
身体的な違いだけでなく、運動を続ける環境・心理的な支援の有無も、診断後の回復と長期予後に大きな影響を与える可能性があります。ブログや情報発信の場では、こうした「運動」にまつわる科学的根拠と、患者さんや家族の日常に寄り添ったアドバイスを組み合わせることで、多くの方の希望につながる内容になると思います。
参考文献
Rees-Punia E, Teras LR, Newton CC, Moore SC, Lee I-M, Bates-Fraser L, Bloodworth DE, Eliassen AH, Mucci L, Lynch BM, Stampfer M, Song M, Brantley KD, Stopsack KH, Matthews CE, Patel AV.
Leisure-time physical activity after diagnosis and survival by cancer type: a pooled analysis.
J Natl Cancer Inst. 2025 May 21:djaf112. doi: 10.1093/jnci/djaf112. PMID: 40393661
  
  
  
  
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