はじめに
分娩誘発と聞くと、まず思い浮かぶのは母体や胎児に医学的リスクがある場合の対応かもしれません。
しかし、現場では医学的理由だけでなく、「社会的適応」による分娩誘発が選択されるケースもあります。
社会的適応とは、たとえば…
- 家族やパートナーのスケジュール
- 出産時の交通アクセス
- 施設の人員配置や無痛分娩のスケジュール
といった、純粋な医学的理由ではない背景による分娩時期の調整です。
本記事ではCQ405のガイドラインをもとに、社会的適応による分娩誘発の留意点を、現場目線とエビデンスを交えて整理します。
社会的適応が求められる背景
社会的適応による分娩誘発は、医学的緊急性がない正期産の妊婦に対して行われることがあります。
例として…
- 前回分娩が急速に進行し、施設外出産のリスクが高い
- 遠方から通院しており、交通事情で急な来院が困難
- 医療スタッフの確保が必要な症例(無痛分娩希望や特定管理)
医学的適応との境界が曖昧なケースも存在します。
たとえば、前回死産の経験があり、妊婦が待機に強い不安を抱えている場合は、心理的安全の確保も誘発の理由となります。
利点と潜在的リスク
利点
- 妊婦・家族の心理的安心感
- 施設外分娩の回避
- 医療スタッフの配置を計画的に行える(安全管理上のメリット)
- 妊娠週数依存性の子宮内胎児死亡を予防できる可能性
潜在的リスク
- 入院期間の延長
- 薬剤使用や処置による合併症(過強陣痛、胎児機能不全など)
- 特に39週未満では児の呼吸障害や発達障害のリスク増加
- 誘発中に発生した予期せぬ児の急変への責任問題
国内外のエビデンスを整理
1 周産期予後改善の可能性
スコットランドの大規模コホート(約127万人)では、37〜41週のいずれの週数でも、分娩誘発群は自然陣痛待機群に比べて周産期死亡率が低下(調整OR 0.39)。
アメリカの研究(約36万人)でも、帝王切開率や重度会陰裂傷、肩甲難産率に有意差はなく、むしろ帝王切開率は低下傾向。
2014〜2017年のRCT(約6100人)では、39週での誘発群が待機群より帝王切開率や妊娠高血圧症候群発症率が低下。
2 リスクの指摘
同じスコットランドの研究ではNICU入院率がわずかに上昇(調整OR 1.14)。
37〜38週の誘発は、39週以降に比べて新生児呼吸障害リスクが高いことも報告されています。
オーストラリアのコホート(約15万人)では、39週未満の計画分娩で発達障害高リスク児の割合が上昇。
実施時の注意点と法的・倫理的配慮
- インフォームドコンセント
社会的適応では、医学的適応と理由が異なるため、説明文書も別途作成する必要があります。- 待機と誘発のメリット・デメリット
- 実施できない場合や推奨されない場合があること
- 母児へのリスク
- 実施可否の判断
子宮頸管の成熟度や施設の人員体制によっては要請どおり行えないこともあります。 - ガイドライン遵守
実施時にはCQ412(誘発方法)、CQ415(子宮収縮薬使用方法)を必ず確認。
妊娠41週以降の誘発はCQ409を参照。
関連CQへの参照
- CQ412-1, CQ412-2:分娩誘発法の詳細
- CQ415-1〜3:子宮収縮薬使用法
- CQ409:妊娠41週以降の管理
問題
社会的適応による分娩誘発に関する記述で正しいのはどれか。
A. 妊婦からの要請があれば必ず実施する。
B. 39週未満での誘発は呼吸障害リスク増加の可能性がある。
C. 社会的適応による誘発では文書による同意は不要である。
D. 医学的適応と同一の説明文書で対応してよい。
E. 分娩誘発ではCQ412・CQ415を遵守する必要はない。
正解
B, Eは誤り。正解はBのみ。
解説
- A ×:子宮頸管の状態や施設体制により実施できない場合もある。
- B ○:39週未満での誘発は新生児呼吸障害リスク増加の報告あり。
- C ×:必ず文書によるインフォームドコンセントが必要。
- D ×:社会的適応は理由が異なるため説明文書も別に作成。
- E ×:CQ412・CQ415は必ず遵守。
まとめ
- 社会的適応による分娩誘発は、医学的適応とは異なるが、現場で一定のニーズがある。
- 妊娠週数や子宮頸管の成熟度、施設体制、母児リスクを総合的に評価して判断する。
- 実施時は必ず文書による同意を取り、ガイドライン(CQ412・CQ415)を遵守。
- 39週未満での誘発は慎重に検討。
- エビデンスと倫理的配慮の両立が重要。


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