はじめに
分娩は母子にとって重要な出来事であり、安全に進行させることが医療者の使命です。分娩の進行が遅れる「分娩進行遅延」は、母体や胎児に様々なリスクをもたらすため、適切な対応が不可欠です。なかでも「微弱陣痛」による分娩遅延は頻度も高く、その診断と管理は後期研修医、初期研修医、医学生の皆さんにとって理解しておくべき必須項目です。
本記事では、産婦人科領域の基本的ガイドラインの一つであるCQ404に基づき、微弱陣痛による分娩進行遅延時の対応について詳しく解説します。実際の臨床現場で遭遇する機会も多いため、臨床判断の根拠やポイントを深く掘り下げていきます。
分娩進行遅延とは?その定義と背景
分娩の進行過程の理解
分娩は大きく3つの段階に分かれています。
- 第1期:子宮口の開大が進む段階
- 潜伏期(latent phase):子宮口が0~5cm程度まで徐々に開く段階
- 活動期(active phase):子宮口が5cmから10cmまで急速に開く段階
- 第2期:胎児娩出期
- 第3期:胎盤娩出期
分娩が計画通りに進まない場合、進行遅延や分娩停止が問題となります。
微弱陣痛とは
微弱陣痛は、子宮収縮の強さや頻度が十分でなく、分娩の進行が妨げられている状態を指します。子宮収縮が弱いため、胎児の下降や子宮口開大が遅れることになり、母子の合併症リスクが増加します。
潜伏期の分娩進行遅延の管理:基本は待機的管理
潜伏期の診断の難しさ
潜伏期は分娩の初期段階で、子宮口の開大がゆっくり進むため遅延の判断が難しいです。個人差も大きく、また分娩開始の正確な時刻が不明なことも多いです。
待機的管理の意義
母児に特別な異常が認められなければ、焦って介入せず、以下のように待機的管理を基本とします。
- 母体のバイタルサイン(血圧、脈拍、体温など)の定期的な観察
- 胎児心拍数モニタリング(連続モニタリングが望ましい)
- 精神的ケアやリラックスの促進
- 十分な水分・栄養補給のサポート
現代の分娩進行評価の変遷
従来はFriedmanの分娩進行曲線(Friedman曲線)が広く使われてきましたが、近年その妥当性が見直されています。現在は、子宮口開大5cm未満を潜伏期とし、開大6cm以降を活動期とする考え方が主流です。WHOやACOGもこれに準じています。
活動期および第2期の進行遅延:陣痛促進の検討
活動期・第2期の遅延の定義
- 活動期での遅延(分娩停止)
- 「十分な子宮収縮があるにも関わらず4時間以上子宮口開大の進展がない」
- または「不十分な子宮収縮で6時間以上変化がない」
- 第2期での遅延
- 初産婦で3時間以上、経産婦で2時間以上児の下降がない(硬膜外麻酔下では+1時間延長)
原因の検討
遅延の原因を特定することが重要です。考慮すべき要因には以下があります。
- 微弱陣痛(子宮収縮の質・頻度不足)
- 母体側の問題(骨盤異常、筋力不足など)
- 胎児側の問題(巨大児、胎位異常など)
陣痛促進の適応と注意点
微弱陣痛が原因と判断した場合、オキシトシンなど子宮収縮薬を用いて陣痛を促進します。ただし、
- CQ415シリーズ(陣痛促進関連ガイドライン)を厳守
- 母体・胎児の状態を継続監視
- 子宮破裂などのリスクを十分に考慮
が必要です。
水分補給と母体のサポート
水分不足の影響
母体の水分不足は子宮収縮の質を低下させ、分娩進行遅延の一因となります。したがって、
- 経口摂取が困難な場合は点滴輸液を行う
- 水分だけでなく栄養補給や休息も重要
という対策を取るべきです。
母体の精神的・身体的ケア
助産師や医療スタッフによる継続的なサポートが分娩経過の改善に寄与するとされており、母体の不安軽減やリラックス環境の整備は非常に重要です。
人工破膜の取り扱い
人工破膜の目的とリスク
人工破膜は、分娩を促進する目的で行われることがありますが、
- 臍帯脱出という重篤な合併症リスクがある
- 感染リスクの増加も懸念される
ため慎重な判断が必要です。
児頭固定の確認が必須
人工破膜は児頭が十分に下降し、児頭固定が内診で確認されてから実施します。児頭固定はステーション−2(骨盤腔入口から児頭が2cm以上下降)程度の位置を示します。
ルーチン使用は推奨されない
複数の研究・メタ解析で人工破膜による分娩時間短縮効果は限定的であり、帝王切開率の増加傾向も指摘されています。そのため、状況に応じた慎重な使用が求められます。
重度胎児機能不全の場合の対応
重度胎児機能不全と診断された場合、陣痛促進薬の使用は避け、迅速な児の娩出を目的とした急速遂娩を優先します。胎児の安全を最優先に考え、状況に応じた分娩法選択が必要です。
分娩後の異常出血予防
分娩の遷延や陣痛促進は弛緩出血のリスクを高めます。産後は子宮収縮状態や出血量の厳重な観察が必要で、異常出血が疑われた場合は迅速に対応します。
実際の臨床におけるポイント
- 潜伏期での遅延は過剰介入を避け、母体・胎児の安全確認を重視する。
- 活動期や第2期での遅延には、根本原因を評価した上で陣痛促進や分娩方法の変更を検討。
- 母体の水分補給・休息を十分にサポートし、精神的ケアを怠らない。
- 人工破膜は児頭固定を確認後に慎重に行い、ルーチンでの使用は避ける。
- 分娩後の異常出血にも注意を払う。
問題
微弱陣痛による分娩進行遅延の管理で適切なのはどれか。複数選べ。
A. 分娩第1期潜伏期で進行遅延があっても、母体と胎児に異常がなければ待機的管理を行う。
B. 分娩第1期活動期や第2期の遅延で陣痛促進を検討する際は、CQ415シリーズの指針を順守する。
C. 人工破膜は臍帯脱出のリスクがあるため、児頭固定が確認される前でも積極的に行うべきである。
D. 水分摂取が不十分な場合、経口補給か点滴輸液を行うことが望ましい。
E. 重度胎児機能不全が疑われる場合は陣痛促進を行い、娩出を急ぐことが推奨される。
正解
A, B, D
解説
- A:正しい。潜伏期の進行遅延は個人差が大きく、異常がなければ待機的管理が基本。
- B:正しい。活動期や第2期で遅延がある場合、陣痛促進を検討する際はガイドラインに従う。
- C:誤り。人工破膜は児頭固定後に慎重に行い、ルーチン使用は推奨されない。
- D:正しい。水分補給は子宮収縮の質向上に重要で、経口または点滴で対応する。
- E:誤り。重度胎児機能不全の場合は陣痛促進ではなく急速遂娩を優先する。
まとめ
微弱陣痛による分娩進行遅延は、母体・胎児の安全を確保するうえで注意が必要な状態です。
潜伏期での遅延は過剰介入を避け、経過観察を基本とし、母体の状態を整えることに重点を置きます。
活動期や第2期の遅延は原因を評価し、必要に応じて陣痛促進を行いながら胎児の状態を注意深くモニターします。
水分補給や精神的サポートも重要な役割を果たします。
人工破膜はリスクを伴うため、児頭固定を確認した後に慎重に行います。
分娩後の異常出血にも十分に気をつけることが求められます。
これらのポイントを理解し適切に対応することで、安全かつ円滑な分娩管理が可能となります。臨床現場での判断に役立ててください。

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