はじめに
分娩中の胎児心拍モニタリング(CTG)は、胎児の状態をリアルタイムで把握するための重要な手段です。
普段は基線が安定していても、突然110bpm未満の高度徐脈や2分以上持続する遷延一過性徐脈が出現することがあります。
この状況は胎児機能不全の急速な進行や母体急変の前兆であり、数分の遅れが児の予後を左右します。
本記事では、産婦人科診療ガイドライン2023 CQ408の内容をかみ砕き、医学生から後期研修医までが理解しやすい形で解説します。
さらに、最後に確認問題とまとめも掲載し、臨床現場ですぐに応用できる知識として整理します。
高度徐脈と遷延一過性徐脈の定義
| 用語 | 定義 | 臨床的意味 |
|---|---|---|
| 高度徐脈 | 胎児心拍数が110bpm未満で持続 | 急性低酸素血症や循環障害の可能性 |
| 遷延一過性徐脈 | 徐脈が2分以上10分未満持続 | 迅速な原因検索・対応が必要 |
| 持続性徐脈(基線低下) | 徐脈が10分以上持続 | 恒常的低酸素状態を示唆 |
※ 分娩監視装置での正確な時間計測と波形判読が必須です。
主な原因
高度徐脈や遷延一過性徐脈は、胎児と母体の両方の因子が関係します。
1 臍帯因子
- 臍帯圧迫(児下降や羊水量減少による)
- 臍帯脱出(外陰部に臍帯が触知・視認できる)
- 臍帯巻絡が強い場合
2 母体因子
- 母体低血圧(硬膜外麻酔後や出血性ショックなど)
- 過強陣痛(子宮過収縮)
- 常位胎盤早期剝離(急激な腹痛と出血)
- 子宮破裂(手術瘢痕部妊娠歴ありで特に注意)
- 心停止、重篤な呼吸障害など急変
3 医原性因子
- オキシトシンやプロスタグランジンの過剰投与
- 吸引・鉗子操作や内診時の臍帯圧迫
4 原因不明
- 全例で原因が特定できるわけではなく、「原因不明徐脈」も存在します。
対応の流れ(一次評価と初期行動)
ガイドラインでは、原因検索と同時に胎児蘇生法を開始することが強調されています。
これは、原因究明を待っていては児の予後が悪化するためです。
1 原因検索
- 母体状態の確認:意識、呼吸、脈拍、血圧
- 出血の有無:産道出血、腹腔内出血の可能性
- 子宮収縮の状態:過強陣痛の有無
- 内診:臍帯脱出、先進部位置、破水状況
- 腹部触診・超音波:胎盤位置、羊水量、児心拍確認
2 同時に行う対応(胎児蘇生法)
- 母体体位変換(左側臥位が基本)
- 大動脈・下大静脈圧迫を解除
- 臍帯圧迫の軽減
- 高濃度酸素投与
- リザーバ付きマスクで8〜10L/分
- 明確な予後改善エビデンスは乏しいが、急性低酸素時には実施が多い
- 子宮収縮抑制薬の投与(過強陣痛時)
- ニトログリセリン60〜90μg静注(1回)
- リトドリン1/10〜1/5A静注または希釈点滴
- 副作用(低血圧、頻脈)に注意
- 急速輸液
- 乳酸リンゲル液500〜1000mLを20分以内に投与
- 母体循環の安定化
- 用手経腟的胎児先進部挙上(臍帯脱出時)
- 臍帯圧迫を軽減
- 経腟的に先進部を挙上し、搬送や帝王切開までの時間を稼ぐ
- 子宮収縮薬の中止
- オキシトシン・PG製剤は速やかに停止
回復しない場合の対応 – 急速遂娩
初期対応後も心拍が回復しない場合は、迅速な分娩終了が必要です。
- 経腟分娩可能なら吸引・鉗子分娩
- 子宮口未開大や分娩進行が遅い場合は緊急帝王切開
- 「決断から児娩出まで30分以内」が理想(decision-to-delivery interval)
対応の臨床的ポイント
- 母体急変と同時進行で児徐脈が出ることがある
- 徐脈の持続時間と回復パターンを観察
- 過強陣痛が原因の場合、子宮弛緩で劇的に改善するケースも多い
- 「回復したから終わり」ではなく、原因を追究して再発予防を考える
問題
娩中、胎児心拍数モニタリングで基線が正常から突然100bpmまで低下し、3分以上持続している。母体は意識清明で、オキシトシン投与中。まず行うべき対応はどれか。
A. オキシトシン増量
B. 母体体位変換
C. 経口プロスタグランジン投与
D. 分娩進行の確認後に待機
E. 酸素投与は行わない
正解
B. 母体体位変換
解説
- 突然の高度徐脈/遷延一過性徐脈では、原因検索と胎児蘇生を同時に行う。
- 最初の対応として、臍帯圧迫や大血管圧迫を解除する体位変換(左側臥位)が有効。
- オキシトシンは子宮収縮を強めるため、中止が原則。
- 酸素投与は行ってもよく、待機は予後を悪化させる可能性がある。
まとめ(重要ポイント)
- 高度徐脈や遷延一過性徐脈は緊急対応が必要なサイン
- 原因は臍帯因子・母体因子・医原性因子が多い
- 原因検索と胎児蘇生を同時並行で行うこと
- 初期対応には体位変換、高濃度酸素、子宮弛緩、急速輸液、先進部挙上がある
- 改善しない場合は急速遂娩をためらわない
- 母体の全身状態も常に評価し、母児双方の安全を最優先する

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