はじめに
分娩第2期における児の娩出は、母体・胎児の安全を守るために、時に「急速遂娩」が必要になります。
経腟での急速遂娩法には、吸引娩出術・鉗子娩出術・それらを補完する子宮底圧迫法があります。
これらは救命的に有効な手段である一方で、実施のタイミングや方法を誤ると母児双方に重大な合併症をもたらす可能性があります。
本記事では、産婦人科診療ガイドライン2023 CQ406の内容を基にしつつ、臨床現場で押さえておくべきポイントをわかりやすく整理します。
基本方針と事前説明
まず大前提として、吸引・鉗子娩出術や子宮底圧迫法は、急速遂娩が必要な状況以外では行わないことが原則です。
また、施設の方針や手技の概要については、妊婦健診の段階から説明し、理解と同意を得ておくことが望まれます。
これは「説明されたことがあったかどうか」で後の信頼関係や医療訴訟リスクが大きく変わるため、実務上も重要です。
適応条件
実施前には必ず医学的適応を確認します。主なものは次の3つです。
- 胎児機能不全(non-reassuring fetal status)
- 分娩第2期の遷延または停止
- 母体合併症や著しい疲労による第2期短縮の必要性(例:重症心疾患)
実施可能な条件
児の成熟度
- 吸引娩出術は原則 妊娠34週以降。未熟児では頭蓋内出血リスクが高いため。
子宮口と膜
- 全開大かつ破水後であること。
児頭の位置
- 吸引娩出術:児頭嵌入が必要(ステーション0以下は不可)
- 鉗子娩出術:低位〜中位
- 子宮底圧迫法:ステーション+4〜+5で、吸引・鉗子準備より早く娩出できる場合
回旋状況
- 鉗子娩出術では、矢状縫合が母体前後径に対し45度未満であることが望ましい。
多胎妊娠の扱い
- 子宮底圧迫法は、当該児以外の胎児が子宮内に残っていない場合のみ可。
手技の特徴とリスク
吸引娩出術
- 習得が比較的容易
- 母体損傷は少ない
- 成功率は鉗子より低め
- 児に帽状腱膜下血腫・頭蓋内出血のリスク
鉗子娩出術
- 高度な習熟が必要
- 成功率が高く、分娩を迅速に終わらせられる
- 会陰裂傷(第3〜4度)が増える傾向
- 児に顔面神経麻痺や角膜損傷のリスク
子宮底圧迫法
- 実施は容易だがエビデンスは不十分
- 子宮破裂、胎児低酸素、脳性麻痺の報告あり
- 吸引・鉗子の補助または代替としてのみ実施
実施上の注意
- 陣痛発作時に行う
- 胎児心拍モニタリングを可能な限り実施
- 子宮底圧迫法では手技者が妊婦の側方から圧迫(分娩台に上がらない)
- 会陰切開は必要に応じて実施
中止・切り替え基準
子宮底圧迫法
- 単独で娩出できなければ、速やかに吸引・鉗子・帝王切開に移行
吸引娩出術
- 総牽引時間:20分以内
- 総牽引回数(滑脱含む):5回以内
- これを超えても娩出できない場合は鉗子または帝王切開へ移行
鉗子娩出術
- 不成功なら速やかに帝王切開へ
実施後の観察と記録
- 手技内容・状況を詳細にカルテ記載
- 子宮底圧迫後は子宮破裂の有無を注意深く観察
問題
妊娠39週、初産婦。分娩第2期に入って2時間経過。胎児心拍数モニタで遷延徐脈を認めた。内診で児頭はステーション+2、全開大、破水済み。鉗子娩出術を行うことにした。
このときの注意点として正しいのはどれか。1つ選べ。
A. 矢状縫合と母体前後径の角度が60度でも実施可能
B. 陣痛発作とは無関係に牽引を開始する
C. 矢状縫合が45度未満であることを確認する
D. 児頭が未嵌入でも可
E. 会陰切開は絶対に必要
正解
C
解説
鉗子娩出術は、原則として矢状縫合が母体前後径に対して45度未満であることが望ましい。牽引は陣痛発作に合わせて行い、児頭は低位〜中位である必要がある。未嵌入での実施は禁忌。会陰切開は必要に応じて行うが必須ではない。
まとめ
現場では「急がないといけないけれど、どの手段を選ぶべきか」迷うことが多いです。
例えば、胎児心拍が急激に低下した場合、鉗子を準備するよりも子宮底圧迫法で一気に娩出できる状況もあります。
一方で、準備や人員が整っていなければ、子宮底圧迫法単独はリスクとなる場合もあります。
そのため、常に帝王切開へ移行できる体制を前提に行うことが重要です。


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