はじめに
妊娠・出産の医療体制は時代とともに変化してきました。特に近年は「医療介入を最小限にしながら、安全性を確保した自然な出産」を希望する妊婦さんが増えています。そこで注目されているのが 助産ケア中心の妊娠・出産支援システム、いわゆる「院内助産」です。これは、医師が常勤する病院内において、助産師が主体となって妊娠・分娩管理を行う体制を指します。
日本産科婦人科学会のガイドラインでは、このシステムをどのように運用すべきかが明確に示されています。本記事では、CQ414の内容をベースに、研修医や医学生にわかりやすい形で解説していきます。
助産ケア中心システムの定義
「助産ケア中心の妊娠・出産支援システム」とは、医師の常勤する病院において、助産師が主体的に妊娠や分娩を管理できる体制を意味します。
ここで重要なのは以下の点です。
- 管理対象は「low risk 妊婦」に限定される。
- 医師の同席なしで助産師が分娩管理を行うことが可能。
- 必要時には速やかに医師主導のケアに切り替えられる。
つまり、「安全な範囲で助産師が主体的にケアを行い、異常があればすぐに医師にバトンタッチする」仕組みです。日本看護協会も「緊急対応が可能な医療機関内で助産師が妊産婦とその家族を支援する体制」と定義しています。
対象となる妊娠・分娩
院内助産の対象となるのは、low risk 妊婦です。つまり、合併症やリスク因子がなく、妊娠経過が順調な妊婦が対象となります。
ただし注意が必要です。実際には「妊娠経過でリスクがない」と判断されても、約3割の妊婦は分娩中に何らかの異常を発症すると報告されています。そのため、助産師と医師の間で「どの時点で医師に報告・介入を依頼するか」というルールを施設ごとに明確にしておくことが欠かせません。
妊娠期の健診においても、特に以下の時期はリスクスクリーニングが重要とされています。
- 妊娠初期
- 妊娠20週前後
- 妊娠30週前後
この時期は予後に影響する異常が見つかりやすいため、医師の関与が望ましいとされています。
管理体制の実際
実際に院内助産を運用する際には、施設ごとに以下の点を決めておく必要があります。
- 対象妊婦の基準(例:合併症なし、胎位が頭位、既往帝王切開なしなど)
- 異常の判断基準(例:分娩進行の遅延、胎児心拍異常、出血量の増加など)
- 医師への報告基準(例:微弱陣痛で進行しない、分娩停止、異常出血など)
- 切り替えのルール(助産師主導 → 医師主導への移行タイミング)
このように「異常発見」と「異常対応」の体制を事前に整えておくことが、母児の安全を守るうえで最も重要です。
エビデンスからみるメリット
助産ケア中心のシステムは、エビデンス的にも多くの利点があります。
- 周産期死亡率を増加させない
低リスク妊婦において、医師主導の分娩と比べても安全性は確保されると報告されています。 - 医療介入の減少
無痛分娩、会陰切開、陣痛促進、器械分娩、緊急帝王切開といった医療介入が少なくなる傾向が示されています。 - 妊婦の満足度が高い
出産に対して「主体的に関わっている」と感じられるため、ポジティブな体験となりやすいです。 - 海外ガイドラインも推奨
米国産婦人科学会(ACOG)や米国助産師会も、low risk 妊婦に対して最小限の介入を推奨しています。
これらのデータは、助産師が主体的にケアすることの意義を裏付けています。
運用上の課題
一方で、院内助産には課題もあります。
- 医師の支援体制が不十分だとリスクが高まる
緊急時に医師がすぐに対応できない場合、母児の予後が悪化する可能性があります。 - 施設ごとの基準作りが難しい
異常の判断基準や医師への報告ラインをどう決めるかは施設ごとに差が出やすいです。 - 助産師・医師間の信頼関係
現場では「報告の遅れ」や「権限の不明確さ」によって連携がうまくいかないこともあります。 - 小規模施設での限界
医師が常勤していない施設では院内助産のシステムそのものが成立しません。
したがって、「助産師主体」とはいえ、実際には「医師と助産師の協働」が必須条件であるといえます。
今後の展望
日本における院内助産はまだ発展途上ですが、今後の周産期医療を支える重要なシステムとなる可能性があります。
- 地域周産期医療体制との連携
地方や医師不足地域では、助産師主体のケアが母子医療の支えになる可能性があります。 - 女性の出産体験の向上
医療介入が少ない分、自然で満足度の高い出産体験を提供できる点は、少子化の中で大きな意味を持ちます。 - 研修医・医学生の教育の場として
「正常分娩を見守る経験」と「異常を早期に発見するスキル」を学ぶ教育環境としても役立ちます。
問題
次のうち、「助産ケア中心の妊娠・出産支援システム(院内助産)」の対象として適切なのはどれか。1つ選べ。
A. 妊娠糖尿病を合併している妊婦
B. 双胎妊娠の妊婦
C. 過去に帝王切開歴がある妊婦
D. 妊娠経過が順調な単胎頭位の妊婦
E. 高血圧合併妊娠の妊婦
正解:D
解説
院内助産は「low risk 妊婦」が対象であり、合併症やリスク因子がある妊婦は適応外です。したがって、妊娠経過が順調で単胎・頭位の妊婦が適切な対象となります。
のまとめ
CQ414が示す「助産ケア中心の妊娠・出産支援システム」は、次の3点が大きな柱です。
- 対象は low risk 妊婦
異常やリスク因子のない妊婦に限定される。 - 各施設で明確な基準を設定する
助産師と医師の間で「異常の判断基準」「医師への報告基準」をあらかじめ協議し、ルールを定めておくことが必須。 - 異常時には速やかに医師介入
母児の安全を第一に、助産師主体から医師主導へ柔軟に切り替える体制が重要。
エビデンスからは安全性と妊婦満足度の高さが示されており、今後の周産期医療の選択肢として注目される分野です。ただし、その運用には助産師と医師の密接な連携と、母児の安全を守るための確固たるシステム構築が欠かせません。

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