はじめに
胎児心拍数陣痛図(FHR)は、分娩監視の中心的なツールであり、胎児の健康状態をリアルタイムで評価する手段です。
しかし、波形の読み方や異常の判断基準は複雑で、慣れていないと「何が危険か、いつ動くべきか」がわかりにくいものです。
特に初期研修医や学生にとっては、「見方の型」 と 「危険時の行動フロー」 を最初に押さえることが重要です。
本稿では、CQ411の内容をもとに、症例を通してFHR評価の流れと対応法を整理します。
症例
35歳、初産婦。妊娠39週、陣痛発来で入院。
入院後2時間で分娩監視装置を装着。
波形は以下の通り。
- 心拍数基線:140 bpm
- 基線細変動:ほぼ消失
- 陣痛ごとに遅発一過性徐脈を繰り返す
- 陣痛間欠期にも心拍数は基線近くまでしか回復しない
さて、あなたは当直医。どう判断し、どう動きますか?
1. 波形の見方:3つの基本要素
胎児心拍数陣痛図(FHR)を評価するときは、必ず以下の3つをセットで見る。
- 心拍数基線(baseline)
10分間の平均値。正常は110〜160 bpm。 - 基線細変動(variability)
1分ごとの細かい揺らぎ。6〜25 bpmが正常。減少や消失は危険信号。 - 一過性徐脈・頻脈(acceleration / deceleration)
出現パターンと陣痛とのタイミングで意味が変わる。
2. 正常パターンと危険パターン
正常(Well-beingあり)
- 基線正常
- 基線細変動正常
- 一過性頻脈あり
- 一過性徐脈なし
→ 経過観察のみでOK。
危険パターン(Well-being障害の可能性)
- 基線細変動の消失+繰り返す遅発徐脈
- 基線細変動の消失+繰り返す変動徐脈
- 基線細変動の消失+遷延徐脈
- 基線細変動の減少/消失+高度徐脈
- サイナソイダルパターン
→ 保存的処置を開始しつつ、急速遂娩の準備。
3. 現場での判断フローチャート
┌─ 基線 & 変動 正常 + 頻脈あり → 経過観察
│
FHR評価 ┤
│ ┌─ 遅発/変動/遷延徐脈 繰り返し + 変動消失 → 急速遂娩準備
└─ 異常 ───┤
└─ 軽度異常(変動減少のみ)→ 監視強化+保存的処置
4. 波形レベル分類(日本産科婦人科学会)
- レベル1:正常波形 → 経過観察
- レベル2:軽度異常 → 監視強化
- レベル3:異常軽度 → 監視強化〜保存的処置
- レベル4:異常中等度 → 保存的処置〜急速遂娩準備
- レベル5:異常高度 → 急速遂娩+新生児蘇生準備
レベル3以上を「胎児機能不全」と診断し、少なくとも監視強化が必要。
5. 保存的処置とは?
- 母体体位変換(左側臥位)
- 酸素投与
- 輸液負荷
- 陣痛促進薬の減量または中止
- 子宮収縮抑制薬(必要時)
6. 「持続する異常波形」への対応
- レベル3〜4が持続する場合、分娩進行度を確認。
- 進行していれば吸引・鉗子分娩も可。
- 進行が乏しければ帝王切開を早期決断。
- 判断間隔は10〜60分ごと(施設状況・妊婦の苦痛も考慮)。
7. 症例の解答
症例は「基線細変動消失+遅発徐脈繰り返し」=レベル4相当。
まず保存的処置(体位変換・酸素投与)を行いながら急速遂娩準備。
分娩進行が乏しければ帝王切開を決断する。
問題
35歳、初産婦。妊娠39週。入院後、基線細変動消失+遅発徐脈繰り返し。対応は?
A. 経過観察
B. 母体体位変換のみ
C. 陣痛促進薬増量
D. 急速遂娩準備
E. 分娩中止
正解
D
解説
基線細変動消失+遅発徐脈は胎児低酸素のサイン。保存的処置と同時に急速遂娩準備が必要。
まとめ
- FHR評価は 基線・基線細変動・一過性変化 の3点セットで行う。
- 「基線細変動の消失+遅発徐脈」などは胎児低酸素の危険信号。
- 危険パターンを認めたら、保存的処置+急速遂娩準備 を同時進行で行う。
- レベル3以上は「胎児機能不全」として監視強化、持続すれば分娩方法の早期決断が必要。
- 現場では「波形の型」と「行動フロー」を覚えておくことで、迷わず対応できる。


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