はじめに
妊娠後期や産褥期に急激に悪化する母体肝疾患には、HELLP症候群と**急性妊娠脂肪肝(AFLP)**があります。両者は病態こそ異なりますが、症状や血液検査所見が似ており、現場では鑑別が非常に難しいことがあります。
診断が遅れると母体・胎児ともに重篤な転帰を辿ることがあるため、「疑った時点で動く」姿勢が大切です。ここでは、CQ312の内容をもとに、鑑別のポイントや対応の流れを解説します。
疑うべき症状
- 上腹部痛、心窩部痛、または上腹部の違和感
- 悪心・嘔吐
- 強い倦怠感
ポイント
これらは妊娠後期の単なる不定愁訴にも見えますが、HELLPやAFLPの初期症状である可能性があります。特に産褥早期(出産後48時間以内)にもHELLPが発症するケースが約30%あり、産後だからといって油断はできません。
初期検査で必ず確認する項目
疑ったら以下を一気に採血でチェックします。
- 血算(貧血・血小板減少の確認)
- 凝固系(PT、フィブリノゲン)
- 肝機能(AST、ALT、総ビリルビン、LDH)
- アンチトロンビン(AT)活性
- 腎機能(クレアチニン、尿酸)
- 血糖値
ワンポイント
AT活性が極端に低い(60%未満)場合はAFLPを強く疑います。
HELLP症候群とAFLPの鑑別の難しさ
- HELLP症候群は「溶血(H)」「肝機能障害(EL)」「血小板減少(LP)」の3つが同時にそろうことが診断の条件(Sibaiの診断基準)。
- AFLPは肝生検で確定診断されますが、実臨床では播種性血管内凝固(DIC)を合併するため肝生検は困難で、欧米ではSwansea基準が参考にされます。
両者は進行が速く、検査異常が最初からすべて揃うとは限らないため、異常が出揃うまで待たずに疑った時点で管理を開始するのが安全です。
疑いが残る場合の対応
- 数値が診断基準に満たない場合でも、進行例では数日以内に所見が揃ってくることがある。
- 1週間以内を目安に採血を反復し、病態の進展を見逃さない。
確定または強く疑った場合の行動
- 母体と新生児の集中管理が可能な施設で管理(または搬送)。
- HELLP症候群
- 妊娠週数・重症度に応じて娩出時期を決定。
- 高血圧合併例では降圧薬+硫酸マグネシウムで子癇予防。
- DIC併発リスクが高ければ抗DIC治療(AT製剤など)を考慮。
- AFLP
- 腎不全・肝性脳症・DICをきたしやすく、迅速な娩出が必要。
- 分娩方法にコンセンサスはないが、帝王切開の方が予後良好との報告あり。
治療の基本原則
- 妊娠の終結が最終的な治療。
- 胎児肺成熟が未完了(34週未満)であれば、母体・胎児の状態が許す範囲でステロイドを投与しつつ娩出。
- 分娩方法は母体状態・週数・胎児の状況を総合判断。
問題
32歳、妊娠36週、初産婦。2日前からの心窩部痛と悪心を主訴に来院。血圧 158/98 mmHg。検査でAST 120 IU/L、LDH 800 IU/L、血小板 8万/μL、間接ビリルビン 1.8 mg/dL、AT活性 55%。最も適切な対応はどれか。
A. 2週間後に外来で再検査
B. 肝生検で確定診断
C. 母体・新生児管理可能な施設に搬送
D. 降圧薬のみで経過観察
E. 産後に治療開始
正解
C
解説
- この症例は溶血(間接ビリルビン↑、LDH↑)、肝機能障害(AST↑)、血小板減少が揃っており、Sibai基準を満たすHELLP症候群と考えられる。さらにAT活性低下からAFLPの可能性も否定できない。
- いずれも迅速な娩出と集中管理が必要であり、母児管理可能な施設への搬送が最優先。
- A・D・E:時間を置くと母体・胎児ともに致命的転帰のリスクがあるため不適切。
- B:肝生検はDICリスクが高く、AFLP疑いでは原則行わない。
まとめ
- HELLP症候群とAFLPは妊娠後期〜産褥期に急速に悪化しうる肝疾患で、症状・検査所見が類似している。
- 鑑別には時間がかかることもあるため、疑った時点で必要な検査を一括で行い、場合によっては繰り返す。
- 確定または強く疑ったら、母体・胎児の救命を第一に迅速な搬送・娩出を検討する。
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