はじめに なぜ「HCV」をスクリーニングするのか
C型肝炎ウイルス(HCV)は、血液を介して感染し、放置すると慢性肝炎から肝硬変、さらには肝細胞がんへと進行するリスクがあるウイルスです。
日本では現在、全妊婦を対象にHCV抗体検査が行われています。
その最大の目的は、「お母さんの健康管理(将来の肝がん予防)」と「赤ちゃんへの母子感染の把握」の2点です。
1. 【診断】「抗体陽性 = 今、感染している」ではない!
ここが一番の落とし穴です。HCV抗体検査が陽性と出ただけでは、治療が必要な「キャリア」かどうかは分かりません。
抗体陽性が意味する2つのパターン
HCV抗体は、一度感染するとウイルスが体から消えても「陽性」のまま残ることが多いのです。
- 既往感染者: 昔感染したが、自分の免疫や治療でウイルスが既にいない状態。
- 持続感染者(キャリア): 今現在、体の中にウイルスがいて増殖している状態。
次に行うべき必須検査:HCV-RNA定量
抗体陽性と出たら、必ずセットで行うのが「HCV-RNA定量検査」(リアルタイムPCR法など)と「肝機能検査(AST/ALT)」です(推奨レベルA)。
- RNA(-): 母子感染の心配はありません!お母さんも既往感染者として一安心です。
- RNA(+): キャリア確定。母子感染のリスクが生じ、将来的な治療が必要になります。
2. 【リスク】母子感染率はどれくらい?
HCVキャリア(RNA陽性)のお母さんから赤ちゃんへ感染する確率は、全体で約5.8%と報告されています。B型肝炎(対策なしで最大90%)に比べると低いですが、無視できない数字です。
感染リスクを高める因子
- 高ウイルス量: お母さんの血中ウイルス量が多いほどリスクが上がります。具体的には 6.0 Log IU/mL 以上がハイリスクの目安です。
- HIVとの重複感染: HIV(エイズウイルス)にも感染している場合、HCVの感染率は跳ね上がります。
豆知識: HCVは妊娠中にウイルス量が変動することがあります。そのため、妊娠初期に低値でも、後期に再検査することが望ましいという意見もあります。
3. 【分娩・授乳】現場で最も多い質問への回答
患者さんから「普通に産めますか?」「おっぱいはあげられますか?」と聞かれたとき、エビデンスに基づいた回答が必要です。
Q:帝王切開の方が安全ですか?
A:いいえ、原則として母子感染予防目的の帝王切開は推奨されません(推奨レベルC)。
これまでの研究で、帝王切開が経腟分娩に比べて明らかに感染を減らすという確固たる証拠はありません。そのため、産科的な理由(逆子など)がない限り、通常通りの分娩でOKです。
※ただし、超高ウイルス量の場合などは、リスクを説明した上で妊婦さんの意思を尊重する場合もあります。
Q:母乳は大丈夫ですか?
A:はい、原則として授乳制限は必要ありません(推奨レベルB)。
母乳育児が感染率を上げるという報告はないため、積極的な母乳推奨が可能です。
- 唯一の注意点: 乳頭に亀裂(傷)があって出血している時は、血液を介した感染のリスクを避けるため、治るまでその側からの授乳は一時的に控えましょう。
4. 【治療】妊娠中に薬は飲める?
現在、C型肝炎の治療はDAA(直接作用型抗ウイルス薬)という飲み薬が主流で、95%以上の確率でウイルスを完全に除去できるようになりました。
しかし、残念ながら妊娠中のDAA投与は現時点では推奨されていません。
まだ胎児への安全性が確立されていないためです。治療は出産が終わってから、落ち着いたタイミングで内科(肝臓専門医)と相談することになります。
5. 【告知と連携】忘れてはいけない社会的・医学的マナー
- プライバシーの保護: 検査結果をパートナーや家族に伝えるかどうかは、妊婦さん本人の意思に従います(推奨レベルB)。勝手に家族に話してはいけません。
- 内科への紹介: 産婦人科医は「出産」のプロですが、肝臓のプロではありません。RNA陽性(キャリア)であれば、必ず肝臓専門医を紹介しましょう。
- 児のフォロー: 生まれた赤ちゃんが感染しているかどうか、小児科で定期的な採血(RNAチェックなど)が必要です。
医師国家試験レベル 演習問題
問題1
妊娠初期検査でHCV抗体が陽性であった。次に行うべき対応として最も適切なのはどれか。
A. 夫のHCV抗体を検査する。
B. 直ちに帝王切開の予定を立てる。
C. HCV-RNA定量検査を行う。
D. 授乳を禁止するよう指導する。
E. インターフェロン治療を開始する。
【正解】C
【解説】 抗体陽性だけではキャリアか既往感染か判断できません。まずはウイルスそのものの有無を調べるHCV-RNA定量検査が必須です。
問題2
HCVキャリア(HCV-RNA陽性)の妊婦への説明として正しいのはどれか。
A. 母子感染率は約50%である。
B. ウイルス量に関わらず全例帝王切開が必要である。
C. 出血がなければ母乳栄養が可能である。
D. 妊娠28週から抗ウイルス薬の内服を開始する。
E. 出生した児は全例が生後直ちに治療を受ける。
【正解】C
【解説】
A:母子感染率は約5.8%。
B:感染予防目的の帝王切開は推奨されない。
D:妊娠中のDAA治療は現時点では臨床研究段階。
E:児の感染例の約3割は3歳までに自然消失するため、早期の治療は行わず経過観察するのが原則です。
まとめ:CQ607の総括チェックリスト
ブログの締めくくりとして、この記事の要点を整理しましょう。
| 項目 | 実務上の重要ポイント |
| 診断の要 | 抗体陽性 = 即キャリアではない。HCV-RNA定量で確定させる。 |
| 感染率 | キャリアからの母子感染率は約6%弱。B型肝炎よりは低い。 |
| 分娩 | 帝王切開は必須ではない。通常の産科的適応で判断。 |
| 授乳 | 原則OK。ただし乳頭に傷や出血がある時は一時中断。 |
| 産後 | お母さんは肝臓専門医へ。赤ちゃんは3歳まで慎重にフォロー。 |
HCVの診断は「お母さんの一生の健康」を守るチャンスです。
「抗体陽性」の結果に慌てず、適切なステップで検査を進め、妊婦さんの不安を解消してあげられる医師を目指しましょう!
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この記事を読んだ後は、所属施設のHCV-RNA検査のオーダー方法を確認してみましょう。また、近隣の肝臓専門医がいる病院をリストアップしておくと、紹介がスムーズになりますよ。

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