はじめに
分娩は正常経過であっても母体に大きなストレスを与えるイベントであり、その中でも**分娩後異常出血(postpartum hemorrhage:PPH)**は母体死亡の主要な原因の一つです。特に日本でも「産科危機的出血」に関連した母体死亡は依然として報告があり、産婦人科医だけでなく、救急医、麻酔科医、小児科医にとっても重要なテーマです。
本記事では、ガイドラインCQ418-1の内容をベースにしつつ、医学生から後期研修医までが理解できるようにわかりやすく解説します。さらに、最後には確認問題を用意しているので、実践的に学習を深められます。
1. 分娩後異常出血の定義と疫学
- 定義:
- 胎盤娩出後から産後12週までの異常出血を広く「分娩後異常出血」と呼ぶ。
- 本CQでは児娩出から胎盤娩出までの症例も含む点が重要。
- 古典的な診断基準:
- 経腟分娩:出血量 ≥ 500mL
- 帝王切開:出血量 ≥ 1000mL
- かつ、活動性出血が持続する場合
- 日本での実際の出血量の90パーセンタイル値(約25万例の解析):
- 単胎・経腟分娩:約800mL
- 単胎・帝王切開:約1500mL
- 多胎・経腟分娩:約1600mL
- 多胎・帝王切開:約2300mL
出血量の測定値は過小評価されやすいため、バイタルサインで重症度を評価することが必須です。
2. 分娩後異常出血の予防策
(1)分娩第3期の積極的管理(Active Management of the Third Stage of Labor, AMTSL)
- 子宮収縮薬の投与(B推奨)
- オキシトシン 10単位のボーラス投与(肩甲娩出時や臍帯切断後など)
- WHOはすべての妊娠での投与を推奨
- 子宮底マッサージ(C推奨)
- 子宮収縮を促すが、PPHリスク低減効果は限定的
- 適切な臍帯牽引(C推奨)
- Brandt-Andrews法で実施
- 不適切な牽引は子宮内反症のリスク
帝王切開時もオキシトシンと適切な臍帯牽引は重要。
3. 初期対応(出血発見時の対応フロー)
出血量の基準
- 経腟分娩で500mL超
- 帝王切開で1000mL超
- かつ活動性出血あり → PPHを疑う
同時進行で行うこと
- バイタルサイン評価(意識、呼吸数、脈拍、血圧、尿量、SpO2)
- 出血原因の検索
- 子宮弛緩、産道損傷、胎盤遺残、凝固障害
- 静脈路を複数確保 → 細胞外液を十分に投与
- 原因別の対処
- 弛緩出血:子宮収縮薬投与、子宮双手圧迫、子宮内バルーンタンポナーデ
- 外傷性出血:縫合、修復
- 胎盤遺残:除去
子宮内バルーンタンポナーデは簡便かつ低侵襲な止血法であり、近年重要性が高い。
4. 急性循環不全を疑うサインと対応
目安:Shock Index(SI値)
- SI = 心拍数 / 収縮期血圧
- SI ≥ 1.0 → 急性循環不全を疑う
- 頻脈 >100bpm、意識変容(不穏・不安)も警戒サイン
行うべき対応
- 応援要請・酸素投与
- 血液検査(フィブリノゲン含む)、輸血準備
- トラネキサム酸投与(分娩後3時間以内)
- WOMAN trialで母体死亡率低下
- 日本では予防投与は推奨されず、止血困難な場合に考慮
- 自施設で対応困難なら高次施設へ搬送
5. 産科危機的出血への移行
以下のいずれかを満たすと「CQ418-2」に基づいた管理へ移行:
- 止血困難なPPH
- 持続するバイタルサイン異常
- フィブリノゲン <150mg/dL
この場合、輸血・IVR・子宮動脈塞栓術・子宮摘出まで含めた対応を考慮する。
6. 再発リスクと妊婦への説明
- 分娩後異常出血の既往があると再発リスクが上昇
- 1回目のPPH既往 → 2回目で15%(対照の3倍)
- 2回既往あり → 3回目で27%(対照の6倍)
- 次回は高次施設での分娩を推奨
問題
問題1
32歳、経腟分娩後30分。出血量が600mLを超え、子宮は弛緩している。最初に行うべき対応はどれか。
A. 輸血開始
B. 子宮収縮薬投与
C. 子宮摘出術
D. ダイナミックCT検査
解答:B
出血量500mL超+子宮弛緩 → 第一選択は子宮収縮薬投与。輸血は次段階。
問題2
Shock Index(SI)値が1.2となった。まず行うべき対応はどれか。
A. 酸素投与と応援要請
B. 経過観察
C. 鉄剤投与
D. 抗菌薬投与
解答:A
SI ≥1.0は急性循環不全を示唆 → 応援要請・酸素投与・輸血準備を同時進行で。
問題3
分娩後異常出血に対するトラネキサム酸投与について正しいのはどれか。
A. 予防的に分娩直後に全例へ投与推奨
B. 分娩後3時間以内の投与で母体死亡率低下
C. 出血量が500mL未満でも必ず投与する
D. 日本では帝王切開時のルーチン投与が推奨
解答:B
WOMAN trialで有効性確認。日本では予防投与は推奨されていない。
まとめ
- 分娩後異常出血(PPH)は母体死亡の主要因。予防と初期対応が極めて重要。
- 予防:分娩第3期にオキシトシン投与、適切な臍帯牽引、子宮底マッサージ。
- 初期対応:出血量基準+バイタルサイン評価、静脈路確保、子宮収縮薬、子宮内バルーン。
- 急性循環不全:Shock Index ≥1.0を重視、酸素投与・輸血・トラネキサム酸。
- 再発リスク:PPH既往がある妊婦は次回高次施設での出産を推奨。
研修医・医学生は**講習会(母体救命講習会、J-CIMELS)**で実際に手技を学び、シミュレーションを通して即応性を高めておくことが大切です。


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