― 「被曝したけど、このまま妊娠を継続できますか?」と聞かれたら ―
はじめに:妊婦の「不安」と「現場の判断」のギャップ
救急で撮ったレントゲン、CT、あるいは他院での画像検査。
後から妊娠が判明し、「赤ちゃんに影響ありますか?」と相談されることがあります。
正しく線量を把握し、胎児への影響とリスクを科学的に説明できるかどうかは、患者の安心と不要な中絶を防ぐ上でも極めて重要です。
考え方
妊娠週数と胎児被曝線量の推定がすべての出発点
- 放射線の胎児への影響は
「いつ」被曝したか(週数)
「どれくらい」被曝したか(mGy)
で決まります。 - 一般的な診断目的の放射線検査(X線、CTなど)は、通常50mGy未満であり、
胎児への影響が出る可能性は極めて低いとされています。
時期別の影響
妊娠時期 | 影響 | 閾値 | コメント |
---|---|---|---|
受精後〜10日 | 着床前期:「all or noneの法則」→致死的か全く影響なし | — | 奇形は起きない |
受精後11日〜10週(器官形成期) | 奇形リスク↑ | 50mGy以上で注意 | ただし通常検査では超えない |
妊娠9〜26週(特に9〜16週) | 中枢神経障害、精神遅滞、小頭症など | 100mGy以上で注意 | 特に9〜16週は感受性が高い |
100mGy未満であれば「妊娠中絶の理由にはならない」
- 国際放射線防護委員会(ICRP)やACOGの見解は共通しており、
100mGy未満の胎児被曝は妊娠継続の判断に影響を与えない
としています。 - よって、実際の臨床で起きるような放射線検査では、妊娠中絶を勧める根拠にはならないことをしっかり説明しましょう。
補足:MRIとガドリニウム造影剤の扱い
- MRI検査自体は安全とされています(妊娠全期間通してOK)。
- ただし、ガドリニウム造影剤は胎児への移行や体内滞留が報告されており、
医学的にやむを得ない場合のみ使用すべきとされています。
問題
30歳の妊婦。月経不順で正確な妊娠週数は不明。3週間前に下腹部痛で救急外来を受診し、腹部骨盤CTを撮影されたが、その時点で妊娠に気づいていなかった。現在妊娠7週と推定される。胎児被曝線量は約20mGyであった。
この妊婦への対応として最も適切なのはどれか。
A. 妊娠中絶を勧める
B. 羊水穿刺で胎児異常を確認する
C. 奇形リスクを説明し、妊娠継続の可否を本人に委ねる
D. 胎児への影響はほとんどなく、妊娠継続は可能であると説明する
E. 胎児発育遅延の可能性があるため、今後の定期的な超音波検査を勧める
正解
D. 胎児への影響はほとんどなく、妊娠継続は可能であると説明する
解説
- 妊娠7週は器官形成期にあたりますが、被曝線量20mGyは
奇形発生の閾値である50mGyを下回っており、安全域です。 - よって「妊娠中絶」や「羊水穿刺」などは不要で、
妊娠継続に支障がないことを科学的根拠に基づいて説明することが重要です。 - なお、Eのようにフォローアップ超音波は行ってもよいですが、必須ではありません。
まとめ
- 被曝時期と線量をセットで評価する。
- 50mGy、100mGyが重要な閾値。
- 通常の診療放射線では奇形や神経障害のリスクは極めて低い。
- 不必要な中絶や不安を防ぐためにも、冷静かつ科学的な説明を心がけましょう。
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