はじめに
常位胎盤早期剝離(abruptio placentae、以下「早剝」)は、胎盤が娩出前に子宮壁から剝れてしまう疾患で、100妊娠に1例ほどの頻度で発生します。母体と胎児の両方に命の危険がある産科救急疾患の代表格です。
今回は、日本産科婦人科学会の産科診療ガイドライン2020 CQ308をもとに、早剝の診断・管理について重要ポイントを解説します。
妊婦への啓発が第一歩
- 早剝の**初期症状(性器出血、腹痛、胎動減少)**は分かりにくく、切迫早産や前置胎盤と見分けがつきにくいことも。
- 特に、胎動減少や持続的な腹部緊満感は、外出血がないタイプの早剝で重要なサインです。
- 早期発見のためには、妊婦自身が異常を感じたらすぐに受診することをリーフレットなどで周知することが重要です(グレードC)。
診断のポイント:モニタリングがカギ
- 妊娠後半期に腹痛や胎動減少を伴うときは早剝を疑う(グレードB)。
- 超音波で胎盤後血腫が見つかることもありますが、感度は低い(24%)ため、「見えない=否定できる」ではない!
- 大事なのは、胎児心拍数モニタリングによって胎児の健康状態を評価すること。
外傷にも注意
- 妊婦が交通事故などで軽い腹部打撲を受けた場合でも、早剝のリスクあり(3〜40%)。
- 受傷後には、少なくとも2〜4時間の心拍モニタリングを行い、子宮収縮や出血があればさらに長時間の監視が必要です(グレードB)。
診断後の対応:原則は急速遂娩
- 胎児が生存している場合、時間との勝負です。
- 胎児徐脈がある場合は帝王切開の決定から娩出までの時間が児の予後を左右します。
- 母体出血に備え、DICや貧血を想定した輸血体制を即時準備します(グレードA)。
対応困難な施設では?
- 地域医療体制と搬送時間を考慮し、
- 管理可能な施設へ搬送するか、
- 先に急速遂娩を行い、その後母児を搬送するかを選択します(グレードA)。
胎児死亡(早剝IUFD)の場合
- DICが進行しやすく、大量出血が見えないまま起きていることも。
- この場合、母体の命を守るためにも、
- 即時に輸血開始(新鮮凍結血漿+赤血球製剤)、
- 経腟分娩と帝王切開のどちらかを選択(グレードB)。
- 帝王切開でも母体死亡や子宮摘出がありうるため、分娩様式よりも早期のDIC対応が鍵です。
明確に早剝と診断できないときは?
- 性器出血+子宮内血腫があるが、胎児心拍異常や胎盤後血腫がない場合、
- 絨毛膜下血腫や**慢性早剝羊水過少症候群(CAOS)**なども鑑別に入れ、妊娠継続も選択肢に(グレードC)。
問題
妊娠34週の妊婦が、突発的な腹痛と胎動減少を主訴に来院した。内診では性器出血を認める。子宮は硬く触れ、板状硬を呈している。胎児心拍数モニタリングで重度徐脈が確認された。最も適切な対応はどれか。
A. 超音波検査で胎盤後血腫を確認してから対応を決める
B. 輸血体制を整えた上で、速やかに帝王切開を行う
C. 経過観察とし、子宮収縮が改善しなければ対応する
D. MRIで早剝の有無を確認する
正解
B
解説
- この症例は、**典型的な早剝(性器出血、腹痛、胎動減少、子宮板状硬)**であり、胎児心拍数異常(重度徐脈)もある。
- 胎児生存が確認されており、時間との勝負の状態。
- したがって、輸血体制を整えつつ緊急帝王切開を行うことが最優先です。
おわりに
早剝は、診断の難しさと緊急性が共存する疾患です。妊婦指導・モニタリング・搬送判断・輸血準備といった一連の対応力が求められます。研修医のうちから、**「早剝を疑う目」と「迷わない初動」**を身につけておきましょう。


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