はじめに
妊娠高血圧症候群における最も重篤な合併症の一つが**子癇(eclampsia)**です。妊娠中〜産褥期のけいれん発作では、子癇の即時対応を取りつつ、脳卒中やてんかんなど他の疾患も常に念頭に置いた鑑別が重要です。
本記事では「産婦人科診療ガイドライン産科編2020 CQ309-3」に基づき、臨床現場ですぐに役立つポイントを整理します。
子癇発作時の初期対応
母体救急処置を優先
- 転落防止:ベッドのサイドレールを上げる。
- 気道確保と酸素投与:嘔吐・誤嚥に注意し、側臥位保持。
- 静脈ルート確保とバイタル評価。
※けいれん中のバイトブロックは原則不要(嘔吐や歯牙損傷のリスクあり)。
硫酸マグネシウム(MgSO₄)の投与
- 目的は再発予防であり、けいれん自体を止める薬ではない。
- 国内推奨:4gを20分以上かけてボーラス→1g/hで持続投与(最大2g/hまで)。
- 分娩中・術中も投与継続。分娩後24時間は継続する。
※腎機能障害がある場合は高Mg血症のリスクに注意し、血中濃度・腱反射・呼吸状態をモニター。
降圧治療
- 収縮期BP ≧160 mmHg または 拡張期BP ≧110 mmHgで降圧開始。
- 第一選択:ニカルジピン(持続静注)。ヒドララジンは脳圧上昇のため避ける。
検査とモニタリング
- 血液検査:血算、AST、ALT、LDH、CRE、Mgなど。HELLPや腎機能悪化をチェック。
- SpO₂が92%以下持続時:動脈血ガス分析を検討。
- 胎児モニタリング:けいれん後の徐脈は一過性であることが多く、拙速な帝王切開は避ける。
子癇再発時の対応
- MgSO₄の追加ボーラス:2〜4gを5分程度で静注。
- 効果がなければ、ロラゼパムまたはジアゼパムの使用を検討。
- ベンゾジアゼピン系薬剤使用時は、**呼吸抑制リスクへの備え(バッグバルブマスク等)**が必須。
鑑別診断を常に意識
子癇はあくまで除外診断。以下の疾患を常に意識しましょう:
- 脳出血(妊娠関連脳卒中)
- てんかん
- PRES(後頭葉可逆性白質脳症)
- RCVS(可逆性脳血管攣縮症候群)
- 感染性脳炎、代謝性疾患、脳腫瘍、髄膜炎など
CT検査のタイミング
- 意識障害・片麻痺・失語・眼球偏位などの神経所見があれば、脳卒中を念頭に頭部CTを行う。
- 母体の全身状態が安定してからの画像検査が原則(検査中の容態急変に注意)。
分娩のタイミング
- 子癇は帝王切開の絶対適応ではない。
- 母体状態を安定化させてから、妊娠週数や頸管熟化度などを考慮して分娩方法を決定。
問題
32歳、妊娠34週の妊婦。妊娠高血圧腎症と診断され管理入院中、突然けいれんを発症した。最初に行う対応として適切なのはどれか。
A. ロラゼパムの静注
B. バイトブロックの挿入
C. 胎児心拍数モニタリングの中止
D. ベッドのサイドレールを上げる
E. CT検査をただちに施行する
正解:
D. ベッドのサイドレールを上げる
解説
このケースは典型的な子癇の初期発作であり、最優先は母体救急対応です。まずは転落防止(D)を行い、気道確保・酸素投与・静脈路確保・バイタル確認などを迅速に行います。けいれん自体は多くが自然停止し、MgSO₄は再発予防の目的で後から使用します。
- A:ロラゼパムはMgSO₄で無効な場合の再発時に使用。
- B:嘔吐・誤嚥・歯牙損傷リスクから原則挿入しない。
- C:胎児モニタリングは中止せず、母体安定後も継続。
- E:CTは神経所見や脳卒中が疑われる場合に検討。
まとめ
妊産褥婦のけいれん対応では、子癇を想定した初期対応+鑑別疾患の視点を持つことが極めて重要です。
「まず母体を守る」という原則を忘れず、呼吸・循環・神経所見を見逃さず対応しましょう。
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