―後期研修医・初期研修医・医学生のための周産期救急ガイド―
妊娠・分娩は多くの場合は順調に進みます。しかし一方で「数分~数時間で母体の生命が危険になる」重篤な合併症が存在します。
普段の外来や病棟業務ではなかなか遭遇しませんが、いざ発症すれば時間との勝負となる疾患ばかりです。
今回の記事では、日本産科婦人科学会のCQ506をもとに、急激に発症し、妊産婦死亡を引き起こしうる代表的な疾患をまとめつつ、現場で意識すべき“気づくポイント”を簡潔に整理します。
・後期研修医として当直でどう対応すべき?
・初期研修医としてどんな症状を見逃してはいけない?
・医学生として国家試験でどんな知識が問われる?
こういった疑問に答えられるよう、臨床目線・試験目線の両方から書いていきます。
1. どんな疾患が「急激に発症し妊産婦死亡を引き起こす」のか?
CQ506では、以下の疾患が挙げられます。いずれも突然発症し、数時間以内に母体が危機的状況に陥ります。
■妊産婦死亡につながりうる主要疾患
- 羊水塞栓症
- 肺血栓塞栓症(PTE)
- 劇症型A群溶血性レンサ球菌(GAS)感染症
- 大動脈解離
- 脳出血
- 周産期心筋症(PPCM)
- QT延長症候群(Torsades de pointes)
- 劇症1型糖尿病(急性発症1型DM)
妊娠・出産は生理的現象ですが、ここに挙げた疾患は「正常妊娠の裏側に潜むリスク」です。
特にPPCM、GAS、大動脈解離、羊水塞栓症は救急外来や分娩室当直で突然遭遇する可能性があるため、後期研修医・初期研修医は症状から疾患を想起できるかが最重要ポイントになります。
2. 「気づけるかどうか」で救命率が変わる:症状から疑うべきポイント
以下では「どんな症状が出ればこの病態を疑うべきか」を“現場的に”まとめます。
2-1. 羊水塞栓症
●ポイント:
破水直後または分娩直後の心肺虚脱 or 非凝固性の大量出血
●特徴
- 発症は破水後・分娩直前後
- 呼吸困難 → 低血圧 → 心停止
- DICによる止血困難な異常出血(フィブリノゲン低下)
- 典型例では「凝固しない血液」が持続的に流出
●なぜ起こる?
羊水や胎児成分が母体血中に流入し、アナフィラキシー様反応・凝固系暴走(DIC)が起こると考えられています。
●現場での対応
- 産科危機的出血として即時対応
- FFP、フィブリノゲン補充
- 大量輸血体制の確保
- 心停止なら蘇生と同時にDIC管理
分娩室当直中に最も緊迫する疾患の一つで、初期対応の遅れが致命的です。
2-2. 肺血栓塞栓症(PTE)
●ポイント:
分娩後の突然の胸痛・呼吸困難
周術期の静脈血栓症と同じく、妊産婦は高凝固状態にあります。
長時間の臥床、帝王切開、肥満がリスクです。
●症状
- 急激な呼吸困難
- 胸痛(鋭い痛み)
- 動悸、頻呼吸
- SpO₂低下
- 分娩後に多い
「産後の肺塞栓」はどの施設でも起こりうるため、“突然の呼吸苦”はPTEをまず考えることが重要。
2-3. 劇症型A群溶血性レンサ球菌(GAS)感染症
●ポイント:
軽い咽頭痛 → 短期間でショック・胎児機能不全へ
妊婦・産婦は免疫が変化しており、一般人より重症化しやすいです。
●症状
- 咽頭痛、感冒様症状が先行
- その後、急激な腹痛、胎児機能不全
- 母体ショック → DICへ進展
●現場での診断のコツ
centor基準をチェックし、得点が高ければ迅速キットで確認します。
●治療
- ペニシリン+クリンダマイシン
- 血液培養
- 重症例ではガンマグロブリンの併用報告あり
- 5類感染症として保健所報告が必要
「風邪っぽい症状」に紛れ、突然ショックになる点がとても危険です。
2-4. 大動脈解離
●ポイント:
妊娠後期〜産褥期に突然の胸背部激痛
妊娠に伴う血流増加・血圧変動が発症リスクになります。
●症状
- 激しい胸痛・背部痛
- 血圧左右差
- 大動脈弁逆流音
- ショック
●診断
- 超音波で大動脈のフラップ
- 造影CTで確定
妊婦でも「CTは必要なときは迷わず撮影」が基本です。
2-5. 脳出血
●ポイント:
突然の激しい頭痛・意識障害・けいれん
特に妊娠高血圧症候群(HDP)合併例ではリスクが高まります。
●症状
- 破裂性の激しい頭痛
- 意識障害
- けいれん
- 片麻痺
- 嘔吐
●診断
頭部CTが最速。
遅れるほど予後不良となるため、迷ったら撮影。
2-6. 周産期心筋症(PPCM)
●ポイント:
産後の浮腫・呼吸困難を“ただの産後の疲れ”と思わない
●症状
- 呼吸困難
- 起坐呼吸
- 咳
- 浮腫
- 倦怠感
妊婦・産婦ではこれらの症状は“普通”に見えるため、診断が遅れる最大要因になります。
●診断
- 心エコー:LVEF < 45%
- BNPまたはNT-proBNPの上昇
- 胸部X線で心拡大
リスク因子は
高年妊娠/多胎/子宮収縮抑制薬使用/家族歴/HDP
2-7. QT延長症候群
●ポイント:
失神+家族歴を見逃さない
症状
- 労作・興奮・驚愕時の失神
- TdPによる一過性の心室頻拍
- 突然死の家族歴
治療
- β遮断薬
- TdPには硫酸マグネシウム2g静注
産褥期にイベントが増えるとされています。
2-8. 劇症1型糖尿病
●ポイント:
1週間以内に急激にケトアシドーシスへ
●症状
- 発熱・咽頭痛・胃腸症状が前駆
- 多飲・多尿
- 口渇
- 倦怠感
- 意識障害
妊娠後期〜産褥期に多く、見逃されやすい疾患です。
3. 「妊産婦重篤合併症報告事業」とは?
2021年からスタートした制度で、
救命できたとしても重篤な6疾患
(羊水塞栓症、PTE、GAS、大動脈解離、脳出血、周産期心筋症)
について、妊娠中〜産後1年以内に発生した場合は報告する仕組みです。
目的は
- 症例を全国で共有
- 母体救命のノウハウを蓄積
- ガイドライン改善や救急体制の強化
産科救急の質向上には欠かせないシステムです。
4. 現場での「初期診断の考え方」:症候から疾患を絞るフレームワーク
妊産婦の急変は疾患ごとの特徴が重なり合うため、症状から大まかに分類すると把握しやすくなります。
■呼吸困難がメイン
- 羊水塞栓症
- 肺塞栓症
- 周産期心筋症
■激烈な胸背部痛
- 大動脈解離
- 肺塞栓症(鋭い胸痛)
■ショック
- 羊水塞栓症
- GAS
- PTE
- 大動脈解離
■意識障害・けいれん
- 脳出血
- 羊水塞栓症
- 低酸素による二次的意識障害
- TTC性不整脈(QT延長症候群)
- DKA(劇症1型糖尿病)
■産後の「倦怠感・浮腫・呼吸苦」
- 周産期心筋症
症状は特異的ではないため、最初の違和感に気づけるかどうかが救命につながります。
5. 問題
問題1
分娩後2時間。突然の呼吸困難と強い胸痛が出現。SpO₂は急低下し頻呼吸。最も疑うべき疾患はどれか?
A. 羊水塞栓症
B. 肺血栓塞栓症
C. 周産期心筋症
D. QT延長症候群
正解:B
分娩後の突然の胸痛+呼吸困難はPTEが最も典型的。
羊水塞栓症は分娩直前〜直後の呼吸困難が多く、胸痛は必須でない。
問題2
妊娠38週。破水後に突然の呼吸困難、血圧低下、続いて大量の非凝固性出血を認めた。最も考えるべき疾患は?
A. 羊水塞栓症
B. GAS
C. 大動脈解離
D. 脳出血
正解:A
羊水塞栓症の典型例。
DICが早期から起こり、止血困難な出血が特徴。
問題3
産後5日。咽頭痛後に急激な腹痛と発熱、胎児機能不全を認める。急速にショックへ進行。最も疑う疾患は?
A. GAS
B. 大動脈解離
C. 周産期心筋症
D. 劇症1型糖尿病
正解:A
感冒様症状 → 急激な敗血症 → 胎児機能不全
は劇症型A群溶連菌感染症の特徴。
問題4
産後3週。倦怠感、浮腫、呼吸苦。BNP上昇。EF 35%。最も考えるべき疾患は?
A. QT延長症候群
B. 周産期心筋症
C. 脳出血
D. 劇症1型糖尿病
正解:B
PPCMの典型。産後数か月まで発症。
6. 【まとめ】妊産婦救急で最も大切なのは「疑うこと」
この記事で扱った疾患は
産科医であっても生涯に数例しか経験しないレベルです。
しかし、いざ起こると母体の生命が数時間以内に失われる可能性があります。
■ポイント総括
- 妊産婦の急変は“非特異的な症状”から始まる
- 呼吸苦、胸痛、意識障害、倦怠感など
- とにかく「重症疾患を想起する」ことが救命の鍵
- 迷ったら超音波・CT・血液ガス・BNPなど、検査をためらわない
- 特に産後は救急科・内科と協力しながら診る姿勢が大切
- 急変に備えるため、普段からアルゴリズムを意識しておく
妊娠・出産は多くの母体にとって安全ですが、その裏では重篤な合併症が潜んでいます。
後期研修医・初期研修医・医学生の皆さんが、本記事を「現場で思い出せる知識」として活用してくれれば幸いです。

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