はじめに
妊娠はそれ自体が血栓症のリスクを高める状態です。妊婦はホルモンバランスや血液の凝固能が変化することで、血液が固まりやすい「高凝固状態」になります。このため、**静脈血栓塞栓症(VTE)**のリスクが高くなります。
今回は、日本産科婦人科学会のクリニカル・クエスチョン(CQ)をもとに、妊娠中にどのようにVTEを予防するかを解説します。
妊娠中のVTE予防のポイント
① 妊娠初期にリスク評価を
妊娠が判明した段階で、過去にVTEを起こしたことがあるか(既往歴)や、血栓性素因の有無(たとえば抗リン脂質抗体症候群など)をチェックし、必要があれば予防的抗凝固療法を検討します。
② 抗凝固療法の適応(表に基づく)
- 第1群(VTE既往がある場合):原則として抗凝固療法を行います。
- 第2群(リスク因子が2点分)や第3群(リスク因子が3つ以上):医師間で協議の上、予防的抗凝固療法を検討します。
③ 非薬物的予防も大切
- 足の運動(膝の屈伸、足の背屈など)
- 下肢挙上
- 弾性ストッキングの着用
これらは下半身からの血流を促進し、血栓予防に有効とされています。
④ 抗凝固薬の選び方
- 基本は**未分画ヘパリン(UFH)**を使用。
- **低分子量ヘパリン(LMWH)**は原則として術後の使用に限られます(日本では保険適応外)。
- ワルファリンは妊娠禁忌(催奇形性などの理由で)。ただし、例外的に使用を継続するケースもあります(人工弁置換術後など)。
⑤ DOACは使用すべきでない
直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)は、妊娠中や授乳中の安全性が確立されていないため、使用は原則として避けるべきです。
注意すべき副作用と管理
- **HIT(ヘパリン起因性血小板減少症)**の発症に注意。とくに未分画ヘパリンで2.7%程度発生すると報告されています。
- 分娩や硬膜外麻酔のタイミングに合わせて、ヘパリンの投与中止の時間を調整する必要があります。
問題
妊婦における静脈血栓塞栓症(VTE)の予防に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選べ。
A. 妊婦に低分子量ヘパリン(LMWH)は保険適応があり、第一選択薬である。
B. ワルファリンは妊娠後期であれば安全に使用できる。
C. 抗リン脂質抗体症候群の妊婦には、アスピリン単剤投与が第一選択である。
D. VTE既往歴のある妊婦には、予防的抗凝固療法を行う。
E. DOAC(直接作用型経口抗凝固薬)は母体に安全であり、妊娠中も使用可能である。
解答:
D. VTE既往歴のある妊婦には、予防的抗凝固療法を行う。
まとめ
妊娠中のVTE予防は、個々のリスクに応じて判断されるべきであり、妊娠中の全期間を通じて再評価が必要です。薬物療法に限らず、日常生活での工夫も重要です。産婦人科医だけでなく、内科や麻酔科との連携もカギとなります。
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