CQ403:帝王切開既往妊婦の経腟分娩(TOLAC)を安全に行うためのポイント

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はじめに

帝王切開の既往がある妊婦さんに対して、次の妊娠での分娩方法をどうするかは非常に重要な臨床課題です。近年、帝王切開後でも経腟分娩(VBAC:Vaginal Birth After Cesarean)を試みることができるかどうかが注目されています。これを「試験的経腟分娩(TOLAC:Trial of Labor After Cesarean Delivery)」と呼びます。

しかし、TOLACは安全性の面でリスクも存在するため、どのような条件で実施すべきか、どのような注意点があるかを理解しておくことが必要です。本記事では日本産科婦人科学会のガイドラインに基づき、CQ403「帝王切開既往妊婦の経腟分娩希望時の対応」について詳しく解説します。


TOLACとは何か? — 基本的な概念の理解

帝王切開の既往がある妊婦に対して、再度経腟分娩を試みることを「TOLAC」と言います。TOLACが成功し自然分娩となった場合を「VBAC」と呼びます。

欧米では比較的一般的に行われていますが、日本では分娩の多くが一次施設(小規模な産院や病院)で行われており、緊急対応がすぐにできる施設が限られているため、慎重に実施する必要があります。

TOLACは「患者の希望」によって選択されることが多いですが、安全管理が十分にできる施設でのみ提供されるべきです。安全確保が難しい施設では、患者が希望してもTOLACを提供しないことも許容されています。


TOLACを実施するための必須条件

TOLACを行うには以下の条件を満たすことが重要です。

  • 緊急帝王切開や子宮破裂時の緊急手術が速やかに可能であること
    緊急時に迅速に対応できる体制が必須です。(推奨度A)
  • 子宮内に他の手術歴(例えば、子宮筋腫核出などで子宮腔に達する手術)がないこと
    子宮内を損傷していると子宮破裂のリスクが高まるため、TOLACは禁忌とされます。(推奨度B)
  • 子宮破裂の既往がないこと
    過去に子宮破裂があった場合はリスクが高いためTOLACは推奨されません。(推奨度B)
  • 前回の帝王切開術式が子宮下段横切開であること
    これが最も安全とされ、縦切開や古い手術法の場合はリスクが上がります。(推奨度A)
  • 帝王切開既往が1回であること
    複数回の既往は子宮破裂リスク増加と合併症の増加を伴うため注意が必要です。(推奨度B)
  • 帝王切開後の経過が良好であること
    手術部位の癒着や合併症がないことを確認します。(推奨度C)

これらの条件を満たす場合に、初めてTOLACの検討が可能となります。


TOLACのメリットとリスク

メリット

  • 母体死亡率は選択的帝王切開より低いという報告があります。
  • 帝王切開回数を減らせば、将来的な妊娠での癒着胎盤や前置胎盤のリスクを軽減できる可能性があります。
  • 回復が早く、入院期間も短縮される傾向があります。

リスク

  • 子宮破裂のリスクは0.2~0.7%とされており、TOLAC最大の懸念材料です。
  • TOLAC不成功時には母体・胎児ともに合併症リスクが高まる。
  • 周産期死亡率や新生児死亡率は帝王切開より若干高いと報告されています。
  • 複数回帝王切開の増加は母体合併症(輸血、子宮摘出など)増加につながります。

したがって、分娩方法決定の際にはリスク・ベネフィットを十分に患者に説明し、理解と同意を得ることが不可欠です。


分娩誘発・陣痛促進の注意点

TOLAC中の分娩誘発や陣痛促進においては、以下の点に注意します。

  • プロスタグランジン製剤(PGE2製剤、PGF2α製剤)は使用しないことが強く推奨される
    子宮破裂リスク増加の報告があり、ガイドラインでは禁忌とされています。
  • オキシトシンの使用は禁忌ではないが、慎重に管理する必要がある
    適切な投与量と胎児・母体状態のモニタリングが重要です。
  • ただし、妊娠22週未満の人工妊娠中絶時や死児娩出時のプロスタグランジン使用は例外的に認められています。

分娩中の管理 — 連続胎児心拍モニタリング

子宮破裂の徴候は胎児心拍数異常が最も多く報告されています。

  • TOLACを行う場合、分娩監視装置による連続胎児心拍数モニタリングは必須です。
  • 胎児心拍数に異常が出現した場合は、子宮破裂の可能性を強く疑い迅速な対応を検討します。
  • 陣痛ごとの一過性徐脈なども重要なサインです。

また、硬膜外麻酔はTOLACの成功率には影響しないとされています。


経腟分娩後の管理 — 子宮破裂に注意

経腟分娩成功後も子宮破裂のリスクは残ります。

  • 分娩後1時間程度は特に注意して母体のバイタルサイン(特にshock index:脈拍数÷収縮期血圧)を観察します。
  • 下腹部痛や持続する出血の有無も重要な観察ポイントです。
  • 不整な頻脈や低血圧などは腹腔内出血を示唆し、緊急対応が必要です。

問題

帝王切開既往妊婦の経腟分娩(TOLAC)に関する記述で正しいものはどれか。

A. TOLACの最大のリスクは母体死亡率の上昇である。
B. 既往帝王切開術式が子宮下段縦切開の場合でもTOLACは推奨される。
C. 分娩誘発にプロスタグランジン製剤を使用しても子宮破裂のリスクは変わらない。
D. TOLACを希望する妊婦には、事前に文書による説明と同意が必要である。
E. 経腟分娩後は子宮破裂のリスクはないため特別な観察は不要である。


正解

D. TOLACにはリスクがあるため、患者には文書で十分説明し同意を得る必要がある。


解説

A. × TOLACの最大リスクは子宮破裂であり、母体死亡率自体は選択的帝王切開より低い場合もある。
B. × 子宮下段縦切開は子宮破裂リスクが高いためTOLACは基本的に禁忌。
C. × プロスタグランジン製剤は子宮破裂リスクを増加させる可能性が高く、使用は禁忌とされている。
D. 〇 患者にはTOLACのリスクと利益を十分に説明し、文書で同意を得ることが必須である。
E. × 経腟分娩後も子宮破裂のリスクがあるため、慎重な観察が必要。


まとめ

  • 帝王切開既往妊婦の経腟分娩(TOLAC)は安全性を確保できる施設かつ適応条件を満たす患者に限定して提供する。
  • 患者にはリスクと利益を十分に説明し、文書による同意を必ず得ること。
  • 分娩誘発にプロスタグランジン製剤は使用せず、連続胎児心拍数モニタリングを必須とする。
  • 経腟分娩後も子宮破裂のリスクが残るため、母体のバイタルサインや痛みの有無を注意深く観察する。
  • TOLACを成功させるためには施設の体制整備と慎重な症例選択が不可欠である。

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