CQ610:HIV感染妊婦の診断と管理:母子感染ゼロを目指す最新ガイドライン解説

産科ガイドラインを勉強する

はじめに:なぜ全員にスクリーニングを行うのか?

日本において、妊婦へのHIV検査実施率はほぼ100%です。

なぜ、リスクが低そうな妊婦さんにも全員検査を行うのでしょうか?

それは、「知っていれば防げるから」です。

HIVは、胎内感染、産道感染、母乳感染の3ルートで児に感染しますが、これらすべてに対して現代医学は強力な「ブロック策」を持っています。未受診の「飛び込み分娩」を除き、妊娠中に診断がついていれば、赤ちゃんへの感染はほぼ完璧に防げる時代なのです。


1. 診断のステップ:スクリーニング陽性は「確定」ではない!

ここが現場で最も重要なポイントです。

① 1次検査(スクリーニング)

通常、HIV抗原・抗体同時測定系(第4世代エライザ法など)を用います。

ここで注意すべきは「偽陽性」の多さです。

現場で使える知識:陽性的中率はわずか数%

妊婦さんは免疫状態の変化から、実際には感染していないのに「陽性」と出てしまう偽陽性が比較的多い(0.4%程度)ことが知られています。ある調査では、スクリーニング陽性者のうち、本当に感染していたのは約3.7%に過ぎませんでした。

患者さんへの説明例:

「この検査は感度が高いため、感染していなくても陽性と出ることがよくあります。実際に感染している方は陽性者のうち数パーセントですので、まずは落ち着いて確認検査の結果を待ちましょう。」

② 確認検査(ここからが本番)

スクリーニングが陽性なら、直ちに以下の2つを同時に行います。

  1. HIV-1/2抗体確認検査(IC法:イムノクロマト法)
  2. HIV-1核酸増幅検査(NAT:いわゆるPCR検査)

以前はウエスタンブロット(WB)法が使われていましたが、現在はより精度の高いIC法とNATの組み合わせが推奨されています。


2. 母子感染を防ぐ「4つの柱」

HIV感染が確定した際、母子感染率を最小化するために行うパッケージ化された対策です。これらはセットで覚えるのが国試・専門医試験の鉄則です。

対策の柱具体的な内容目的
1. 母体へのcART複数の抗HIV薬による多剤併用療法母体のウイルス量を減らし、胎内・産道感染を防ぐ
2. 分娩様式の選択原則、選択的帝王切開(条件付きで経腟も可)産道での血液接触(産道感染)を防ぐ
3. 人工栄養完母・混合を避け、完全人工乳とする母乳中のウイルスによる感染(母乳感染)を防ぐ
4. 児への予防投与出生直後からAZT(アジドチミジン)投与曝露してしまったウイルスを叩く

3. 【重要】分娩管理の最新トピック:経腟分娩は可能か?

これまでの日本のガイドラインでは「一律、選択的帝王切開」が推奨されてきました。しかし、最新の知見では少し踏み込んだ記載になっています。

  • 原則: 陣痛発来前の選択的帝王切開術
  • 緩和条件: 妊娠36週までにHIV-RNA量が検出感度未満に抑えられており、かつ受け入れ施設が対応可能な場合に限り、経腟分娩を考慮してもよい

これは、ウイルスがしっかりコントロールされていれば、産道感染のリスクは帝王切開と変わらないというエビデンスに基づいています。


4. 薬剤の特殊な事情:厚生労働省研究班への請求

研修医が驚くポイントの一つが、予防投与に使う薬剤の入手方法です。

児に投与するアジドチミジン(AZT)のシロップや注射剤は、実は国内で一般流通していない「未承認薬」扱いとなっているものがあります。

これらは、「厚生労働省エイズ治療薬研究班」に直接請求して取り寄せます。病院の薬局長や上級医と連携し、分娩前にあらかじめ確保しておく準備が必要です。


演習問題 医師国家試験レベル

問題1

HIV感染妊婦の管理について誤っているのはどれか。

A. 診断後、可及的速やかに多剤併用療法(cART)を開始する。

B. 妊娠36週でウイルス量が検出感度未満であれば、経腟分娩が選択肢となる。

C. 児への感染予防のため、出生直後から母乳と人工乳の混合栄養とする。

D. 出生した児には、AZT(アジドチミジン)の予防投与を行う。

E. スクリーニング陽性者のうち、実際に感染しているのは数%である。

【正解】C

【解説】

A:正しい。母体の健康と児への感染予防のため必須です。

B:正しい。最新ガイドラインで追加された重要な変更点です。

C:誤り。HIVは母乳中に排出されるため、完全人工栄養が原則です。混合栄養はむしろ感染リスクを高めるという報告もあります。

D:正しい。出生後4〜12時間以内に開始し、4〜6週間継続します。

E:正しい。妊婦におけるスクリーニング検査は偽陽性が多いため、この数値を知っておくことはカウンセリングに必須です。


問題2

HIVスクリーニング陽性の妊婦に対し、確定診断のために同時に行うべき検査の組み合わせはどれか。

A. CD4陽性Tリンパ球数 + ウエスタンブロット法

B. HIV-1/2抗体確認検査 + HIV-1核酸増幅検査

C. 腹部超音波検査 + 胎児心拍数モニタリング

D. HBs抗原 + HCV抗体

E. パルボウイルスB19抗体 + トキソプラズマ抗体

【正解】B

【解説】

現在のガイドラインでは、確認検査としてIC法(抗体確認)とNAT(核酸増幅)を併用することが標準となっています。


まとめ

最後に、この記事の内容を総括した「当直・外来お助けチェックリスト」です。

  1. スクリーニング陽性を見ても慌てない: 「偽陽性が非常に多い」ことを念頭に、丁寧に説明し、すぐに確認検査(IC法+NAT)をオーダーする。
  2. 確定したら即連携: HIVは専門性が高いため、速やかに地域のエイズ治療拠点病院へコンサルテーションする。
  3. 4つの予防策を完遂する: 「cART」「選択的帝切(原則)」「人工栄養」「児へのAZT」。
  4. プライバシーへの配慮: 非常にデリケートな情報です。パートナーへの告知を含め、妊婦本人の意思を尊重しつつ、カウンセリングを重視する。

HIV感染妊婦の管理は、産婦人科医、内科医(エイズ専門医)、小児科医、そして助産師やカウンセラーがチームとなって取り組む「集学的治療」の象徴です。正しい知識を持って、赤ちゃんへのバトンを繋いでいきましょう。

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