― 鉄欠乏だけでは終わらせない、臨床対応の全体像 ―
はじめに:なぜ妊婦の貧血が問題なのか?
妊娠中は血液量が増える一方で赤血球の増加が追いつかず、「生理的貧血」が起こります。これは正常範囲の反応ですが、鉄欠乏性貧血や重度の貧血になると、早産・低出生体重児・分娩時の出血リスクの増加が報告されています。
つまり、単なる数値の異常ではなく、「母児の周産期予後」に関わる重大なリスク要因です。
妊娠中の貧血の診断と定義
■ WHOの定義
妊娠時期 | ヘモグロビン(Hb)閾値 |
---|---|
妊娠初期・末期 | 11.0 g/dL 未満 |
妊娠中期 | 10.5 g/dL 未満 |
👉 生理的血液希釈を考慮し、非妊娠時より低めの基準が設定されています。
■ 日本での臨床的判断目安
Hb 11.0 g/dL以下 + MCV(平均赤血球容積)85 fL未満
→ 鉄欠乏性貧血の可能性大
対応の原則(ポイント3つ)
1.貧血は周産期予後を悪化させる可能性がある
- 海外のメタ解析では、鉄剤投与が低出生体重児の頻度を減らす傾向
- 分娩時の出血量増加との関連も
→ 貧血を見逃さないこと=安全な出産管理
2.鉄欠乏が明らかなら鉄剤投与を行う
- HbとMCVを基準に
- 投与は最低でも6週間以上(できれば産後6週間まで)
- 貯蔵鉄の補充のため、Hb正常化後も投与を継続
3.重度・治療抵抗性の貧血では鑑別と紹介が必要
- Hb<7.0 g/dL、症状が強い、鉄剤に無反応 など
- 鑑別として以下を想定
- 鉄欠乏性以外の貧血(巨赤芽球性、溶血性など)
- ヘモグロビン異常症
- 骨髄疾患
- 自己免疫性疾患
- 妊娠後期(34週以降)での治療困難例は高次医療機関へ紹介
問題
妊娠28週の妊婦が妊婦健診で貧血を指摘された。Hb 9.8 g/dL、MCV 76 fL、血清鉄低値、フェリチン低値、TIBC高値であった。今後の対応として最も適切なのはどれか。
A. 鉄剤投与を行い、最低6か月間継続する
B. 骨髄穿刺を行って診断を確定する
C. ビタミンB12を補充する
D. 治療せず経過観察する
E. 輸血を行う
正解:A
解説:
この妊婦はHb低値かつMCV低値で、小球性低色素性貧血を呈しており、さらに血清鉄↓、TIBC↑という鉄欠乏の所見が揃っている。典型的な鉄欠乏性貧血であり、まずは経口鉄剤で治療を開始するのが標準的。
- A. 鉄剤投与+6週間以上の継続(貯蔵鉄の充填を含めて) → 正解
- B〜Eは誤り。骨髄穿刺や輸血は重度・治療抵抗性で検討。
まとめ
- 妊娠中の貧血は「ただの数値異常」ではなく、母子の命を守る鍵
- HbとMCVで鉄欠乏の可能性を見極める
- 鉄剤投与はHb正常化後も継続する意義がある
- 治療抵抗性・重度貧血では早めの紹介と鑑別を
「妊婦は貧血になるものだから大丈夫」ではなく、安全な周産期管理の第一歩は、貧血への理解と対応から。
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