はじめに
妊娠初期における切迫流産は、産婦人科診療で日常的に遭遇する症候群のひとつです。エビデンスの乏しさや対応の難しさから、患者への説明・対応に悩むことも少なくありません。本記事では、日本産科婦人科学会のCQ206をもとに、臨床現場で実践しやすいように要点を整理し、国家試験対策にもつながるよう解説します。
切迫流産とは?
- 妊娠22週未満で胎児・付属物の排出がなく、性器出血・腹痛・子宮頸管の短縮などを認める状態。
- 妊娠継続するケースもあれば、流産やその他の異常妊娠へ進行することも。
注意:継続した場合でも、早産・前置胎盤・FGRなどのリスクが上昇するという報告あり。
妊娠週数とエコー所見で方針が分かれる
胎嚢や心拍が確認できない場合
→ 鑑別が最重要!
- ごく初期の正常妊娠
- 稽留流産、不全流産
- 異所性妊娠
- 絨毛性疾患 など
この段階では治療介入は原則不要。まずは慎重に経過観察と鑑別診断を行う。
異所性妊娠の見落としは致命的。特に注意!
胎嚢・胎芽・心拍が確認できた場合
→ 対応は慎重かつ限定的
- 正所異所同時妊娠(heterotopic pregnancy)など、稀だが重篤な状態も否定できない。
- 確立された薬物療法は存在しない。
以下の治療薬は使用されることもあるが、有効性は不確か。
- ピペリドレート(ダクチル®)→ 症状改善の報告はあるが、流産予防効果なし
- hCG筋注 → 有効性は証明されず
- 経口プロゲステロン(デュファストン®等)→ 習慣流産を除き、予防効果不明
トランサミン®やアドナ®は適応外使用。使用時は十分な説明と同意が必要。
- 安静や休職の効果も限定的。
- 安静による流産予防効果は科学的に確立されていない
- ただし、勤務内容によってはリスクとなる可能性がある
→ 立ち仕事・夜勤・長時間労働など
→ 母性健康管理指導事項連絡カードの活用も視野に
絨毛膜下血腫(SCH)への対応
- 超音波で胎嚢周囲に低エコー領域が見られることがある
- 自然流産のリスクは上昇する可能性あり
- 安静で改善するとする報告もあるが、エビデンスレベルは低い
患者説明のポイント
- 「確立した治療法はないこと」を丁寧に伝える
- 軽度の出血・腹痛のみなら夜間の受診は不要
- 経過観察と再診の重要性を強調
- 出血量の増加や激しい痛みがあれば受診を指示
問題
妊娠7週の女性。軽度の下腹痛と少量の性器出血があり受診した。経腟超音波検査で子宮内に胎嚢と胎芽、心拍が確認された。今後の対応として正しいものはどれか。2つ選べ。
A. ピペリドレート塩酸塩は流産予防効果があるため投与する。
B. トラネキサム酸を投与すれば出血の改善が期待できる。
C. 安静による流産予防効果は確立されていない。
D. 就労内容によっては勤務緩和を検討する。
E. 児心拍が確認できたので今後の経過観察は不要である。
正解
C, D
解説
- A:誤り。 ピペリドレートは症状改善効果はあるが、流産予防効果は確立されていない。
- B:誤り。 トラネキサム酸は切迫流産に対する適応がなく、使用の根拠も不十分。
- C:正しい。 安静の流産予防効果は科学的に示されていない。
- D:正しい。 長時間労働や立位勤務などはリスク因子とされており、症例ごとに勤務調整が必要。
- E:誤り。 継続的な経過観察は必要。流産に進行する可能性が完全に否定できるわけではない。
まとめ
CQ206では、「明確な治療がない」という現実と向き合う必要があります。過剰治療を避けつつ、妊婦の不安や状況に寄り添った対応が求められます。流産に対して何ができて、何ができないのか――正しく説明できることが、専門職としての第一歩です。


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