はじめに
分娩時の血圧管理は、母体と胎児双方の予後に直結する極めて重要なテーマです。妊婦はそれまで高血圧や蛋白尿を認めなくても、分娩の過程で妊娠高血圧症候群(HDP)や子癇を発症する可能性があります。そのため、適切な血圧測定とリスク管理は必須です。本記事では「産婦人科診療ガイドライン産科編2020」に基づき、CQ417「分娩時の血圧管理」についてわかりやすく解説します。後期研修医、初期研修医、医学生が臨床で理解しやすいように整理し、最後に確認問題と解説、まとめを加えます。
分娩入院時の基本対応
妊婦が入院した際には、必ず以下のチェックを行います。
- 血圧測定
- 尿中蛋白半定量検査
これらは妊娠高血圧症候群や子癇の早期発見に有効です。健診で異常がなくても、分娩時に急変することがあるため、全例で必須の対応とされています。
分娩中の血圧測定の重要性
- 分娩進行中も適時に血圧測定を行います。
- 特に分娩第1〜2期は2時間以内の間隔で測定が推奨されています。
- 高血圧を認める場合は、さらに短い間隔で測定する必要があります。
エビデンス: 妊娠高血圧症候群を認めなかった1,349例の検討では、76%が140mmHg未満で経過しましたが、6%は160mmHg以上を示しました。また、分娩時に脳卒中や子癇を発症した17例中、入院時は140mmHg未満であった例も存在しました。つまり、分娩中の血圧モニタリングは予知のために重要といえます。
症状を伴う場合の血圧測定
分娩中に以下の症状を訴えた場合は、直ちに血圧を測定します。
- 頭痛
- 視覚異常(視野欠損や閃光など)
- 意識障害
- 上腹部痛
これらは子癇発作の前駆症状や脳卒中の兆候であり、迅速な対応が必要です。
高血圧緊急症の対応
- 収縮期血圧 160mmHg以上 または 拡張期血圧 110mmHg以上 を認めた場合:
- 15分以内に再測定
- 繰り返し高値であれば「高血圧緊急症」として速やかに治療開始
- 降圧治療時には、必ず胎児心拍数の連続モニタリングを行い、胎児状態を監視します。
搬送の考慮: 自施設で管理困難な場合は高次施設への搬送を検討します。
治療の実際
- 降圧薬
- 第一選択:ニカルジピン持続静注
- 他の選択肢:メチルドパ、ラベタロール、徐放性ニフェジピン内服、アムロジピン静注、ヒドララジン静注
- けいれん予防
- 硫酸マグネシウム水和物を投与
- 特に160/110mmHg以上または子癇前駆症状がある妊婦で推奨
- 投与は少なくとも分娩後24時間まで継続
- 治療体制
- 厳格な血圧管理
- 血中Mg濃度測定
- 子癇発作への対応、新生児蘇生体制
これらを自施設で担保できない場合は搬送が望ましいです。
エビデンスと海外ガイドラインとの比較
- NICEガイドライン(英国): 収縮期140〜159mmHgまたは拡張期90〜109mmHgで1時間ごと測定を推奨
- 米国ガイドライン(2017): 160/110mmHg以上で30〜60分以内に治療開始が「最低限の必須事項」
- ISSHP(国際妊娠高血圧学会): 160/110mmHg以上で速やかな降圧と硫酸マグネシウム投与を推奨
日本のガイドラインはこれらと整合性を持ちつつ、国内の実情に即して「2時間以内の測定間隔」を維持しています。
問題
38歳、初産婦。妊娠39週、分娩のため入院した。これまで妊婦健診で異常を指摘されていない。分娩進行中、突然の頭痛と視覚異常を訴え、血圧は172/112mmHgであった。最も適切な対応はどれか。
- 分娩終了まで経過観察
- 6時間ごとに血圧測定
- 硫酸マグネシウム水和物の投与と降圧治療
- 帝王切開の準備を直ちに開始
- 利尿薬による血圧コントロール
正解: 3. 硫酸マグネシウム水和物の投与と降圧治療
解説: 本症例は「高血圧緊急症」に該当し、子癇発作の前駆症状を伴っています。したがって、まずはけいれん予防のために硫酸マグネシウムを投与し、速やかに降圧治療を行うことが必要です。帝王切開は母体の安定化後に検討されます。利尿薬は妊娠高血圧症候群では基本的に禁忌です。
まとめ
- 入院時には必ず血圧と尿蛋白をチェック
- 分娩中は2時間以内の間隔で血圧測定、高血圧例ではさらに短縮
- 頭痛や視覚異常などの症状を伴う場合は即座に血圧測定
- 160/110mmHg以上は高血圧緊急症 → 15分以内に再測定し、治療開始
- 治療は胎児モニタリングを行いながら、降圧薬と硫酸マグネシウムで対応
- 自施設で対応困難な場合は高次施設へ搬送
分娩時の血圧管理は「見逃さないこと」「早く対応すること」が最大のポイントです。これを理解しておけば、臨床現場での母児管理に大きく役立ちます。


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