はじめに
運動不足の時代に求められる“新しい運動のカタチ”
コロナ禍を経て、私たちの生活スタイルは大きく変わりました。在宅勤務が広まり、通勤や職場での移動などが減ったことで、日常的に体を動かす機会も減少しました。ジムに行く時間も気力もない、でも健康は気になる──そんな方も多いのではないでしょうか。
近年の研究では、「1日たった3分程度の“ちょっとした運動”」が、私たちの健康、特にがんの予防に大きな影響を及ぼす可能性があることがわかってきました。その鍵となるのが、VILPA(ヴィルパ)= Vigorous Intermittent Lifestyle Physical Activityという概念です。
この記事では、2023年にJAMA Oncology誌に掲載された最新の研究をもとに、VILPAがどのようにがん予防と関係しているのか、どんな人に役立つのか、そして私たちが今日からできる工夫について、医療従事者の視点も交えて解説します。
VILPAとは?──わざわざ運動しなくても“健康的に動ける”方法
定義と背景
VILPAとは、「日常生活の中で、短時間・高強度で断続的に行う身体活動」のことを指します。例えば以下のような動きです:
- 階段を一気に駆け上がる
- スーパーで重い買い物袋を運ぶ
- ゴミ出しで小走りになる
- 掃除や片づけで体をキビキビ動かす
- 公園で子どもと全力で遊ぶ など
つまり、“わざわざ運動する”必要はないのです。日常生活の中で、ほんの数十秒〜2分程度、心拍数が上がるような動きを取り入れることがVILPAなのです。
研究の概要:22,398人を対象とした前向きコホート研究
シドニー大学のEmmanuel Stamatakisらの研究チームは、2023年にJAMA Oncology誌において、VILPA(Vigorous Intermittent Lifestyle Physical Activity)とがん発症リスクの関連についての前向きコホート研究を報告しました。
この研究では、以下のような設計が取られています。
対象者:
- イギリスのUK Biobankに登録された“普段運動をしていない”と自己申告した22,398人
- 平均年齢:62歳(男女比約1:1)
方法:
- ウェアラブル加速度計を使用し、「高強度活動の断片(1〜2分)」を計測
- 平均6.7年間の追跡(がん登録・入院・死亡データ)
アウトカム:
- 全がん発症
- PA関連がん(身体活動不足と関連がある13種のがん)
本研究における「身体活動関連がん(PA関連がん)」とは、過去の疫学研究で身体活動レベルの低さとの関連が示唆されている13種のがんを指し、具体的には乳がん、大腸がん、肺がん、肝臓がん、膀胱がん、腎臓がん、胃噴門部がん、子宮体がん、頭頸部がん、食道腺がん、骨髄性白血病、多発性骨髄腫などが含まれます。
主要な結果:1日3〜4分でがん発症リスクが低下
がん発症率との関連
- VILPAを1日3.4分以上行っていた人は、
- 全がんのリスクが17〜18%低下
- PA関連がんは28〜31%リスク低下
- 中央値4.5分/日のVILPAで、
- 全がん:HR 0.80(20%リスク減)
- PA関連がん:HR 0.69(31%リスク減)
ポイント:
- 減少効果はVILPA時間が短いほど急勾配で増加(つまり最初の数分が特に効果的)
- 3.4分が効果的最小量(ED50)
- 92%のVILPAは1分以内の短い活動で構成されていた
なぜVILPAががん予防に効くのか?
主な生物学的メカニズム
- 炎症の抑制
→慢性炎症はがんの促進因子 - インスリン抵抗性の改善
→糖代謝の正常化、内臓脂肪減少 - 体脂肪の減少・体組成の改善
- 性ホルモンの調節
→特に乳がんや前立腺がんなどに影響 - 心肺機能の向上
→短時間の高強度運動でも心肺機能は大きく改善されることが既知
実生活での応用:どうやって“VILPA的生活”を送る?
忙しい人でも今日からできる5つの工夫
- エスカレーターではなく階段を使う(1分)
- 買い物袋を両手に持って少し速足で歩く(1分)
- 掃除や家事をテンポ良く行う(1〜2分×2回)
- ゴミ出しの時に小走りで行く(30秒)
- スマホアプリで1日1回の「高強度チャレンジ」機能を活用(例:HIIT Timerなど)
継続のコツ
- 「意識して生活の中に組み込む」ことが大切。
- 一回一回は短くても、「積み重ね」で大きな成果になる。
- 「運動してる感」がなくても、それでOK!
限界と今後の課題
本研究の限界
- 「普段運動していない」という自己申告の信頼性(平均5.5年前の申告)
- 加速度計のデータから活動の種類を詳細には把握できない
- 因果関係を証明するにはさらなる研究(ランダム化比較試験)が必要
今後の展望
- バイオマーカーや炎症マーカーなど、生理学的な反応とVILPAの関係を探る研究が期待される
- VILPAアプリの開発・普及によって、健康教育や介入に応用できる可能性
医療従事者・保健指導者への提言
- 「毎日30分の運動」を勧めて続かない人には、「まずは1日3分」の提案を。
- 高齢者や生活習慣病の患者にも導入しやすい。
- ウェアラブル端末を活用してVILPAを視覚化・フィードバックするのも効果的。
まとめ
運動は“量より質”から、“質よりタイミング”へ
VILPAという新しい概念は、「運動=時間がかかるもの」という固定観念を打ち破る可能性を秘めています。
私たちは、すでに“健康を守る運動”のために、特別な道具も時間もいらないのかもしれません。
一日たった数分、日常の中にちょっとだけ心拍数が上がる瞬間を──。それが、未来の健康を大きく変える第一歩になるのです。
参考文献
Stamatakis E, et al. Vigorous Intermittent Lifestyle Physical Activity and Cancer Incidence Among Nonexercising Adults. JAMA Oncol. 2023;9(9):1255–1259. doi:10.1001/jamaoncol.2023.1830

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